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 昼休み、図書室から大量の本を抱えて生徒会室に入ってきた満智を見て、奈帆と亜子は目を丸くした。
「どうしたの、それ?」
「これですか? 暇な時に読もうと思いまして」
 彼女は自分の机に、借りてきた本をドサリと積み上げる。ハードカバーの分厚い本ばかり、計7冊。
「全部、占星術の本ねえ。満智ちゃん、占いに興味あったの?」
 奈帆がほうじ茶を飲みながら、のんびりと訊ねた。
「最近、何だか気になるんですよね。変な夢を見るんです」
「変な夢?」
「はい。同じ夢ばかりなんですけど。フクロウが出て来るんです」
 彼女曰く、その夢を見始めたのはおよそ1ヶ月前だという。
 場所は決まって、遠くに外国の城が見えるどこかの森。そこで彼女は一匹のフクロウと話をしている。
 フクロウはとても頭が良くて、彼女に色々なことを教えてくれる。森に生えている薬草について、生息している動物や昆虫について、それから夜空に瞬く星々の暗示について。
「おまけに、そのフクロウが告げる占いが、よく当たるんですよ。3日前もお前の友達が左足に怪我をするって言われて、そしたら本当にクラスメイトの山口さんが授業中に左足を捻挫したんです」
「予知夢ってことー?」
 奈帆が首を傾げる。
「うーん、どうなんでしょうね。あまりに的中するものだから、わたしも気になって、占星術について少し勉強してみようと思いまして」

「他には見ないの? 覚えてるのはその夢だけ?」
 亜子が訝しげに口を挟んだ。オカルト話を信じない彼女が、いつになく興味をそそられているようだ。
「最近はそうですね。人間ってだいたい1時間半の周期でレム睡眠とノンレム睡眠を繰り返すじゃないですか。夢ってレム睡眠の時に見るものだから、約6時間眠ったとすると、一晩に4回夢を見ている計算になりますよね。わたしも多分、複数の夢を見ているはずなんですけど、朝起きて覚えてるのは決まってそのフクロウの夢なんです」
「そうなんだ」
 亜子はむすっと押し黙る。その深刻そうな表情に気が付いた奈帆が、そっと手を伸ばして指先で脇腹を突いた。

「ひゃっ! び、びっくりするじゃない! 何すんのよっ!?」
「だってえ、亜子ちゃんが般若みたいな顔してるから」
 瞳をうるませて奈帆は訴える。
「あの、副会長、何か気になることでも?」
「いやね、大したことじゃないんだけどさ。わたしも……見るんだよね」
「フクロウの夢ですか?」
「違うよ。わたしは、その、オオカミの夢」
 ぼそっと告白した。それを聞いて、奈帆がケタケタと笑い出す。亜子は会長を睨み付け、顔を真っ赤にして「笑うなっ」と怒鳴った。
「やっぱり夢って性格が反映されるのねえ。同じ動物の夢でも、かたやフクロウで、かたやオオカミなんだ」
「うるっさいな! こっちだって好きで見てるわけじゃないの!」
「それ、いつ頃からですか?」
 満智が興味津々に問いかける。
「つい最近ね。先々週か、それくらい」
「ただの偶然でしょうか?」
「そう思いたいところだけどね……」
 亜子の言葉も歯切れが悪い。

 何しろ、つい一昨日の朝、3年の鴻野沙和が異常な状態で見つかったのである。亜子と沙和は、寮の部屋が隣り合っていることもあり、親交が深かった。表には出さないが、亜子は内心かなりショックを受けていた。
 その沙和についてだが、病院での検査の結果、身体の異常は特に見られなかったという。
 ただ一点、日本語を普通に喋ることすらままならないほど、記憶部分に欠損が見つかった。頭を強く打ったとか、脳自体に傷が見当たらないため、原因については担当医師も首をひねっているという。症状が回復するかどうかも今後の経過を観察しないと何とも言えないらしい。

「うふふ、気にすることないわ。わたしの夢判断によるとねえ、そのオオカミは男日照りで欲求が溜まってる証拠だから」
 奈帆が冗談めかして言った。
「余計気になるわっ」
「会長は変な夢は見ませんか?」
「それがねえ、全然覚えてないのよ。朝起きると、きれいさっぱり忘れてるみたい」
 いかにも彼女らしい。
「あんたは呑気でいいわね」
「心外ねえ、わたしだって色々と悩みはあるのよ? 例えば、寮の脱衣所にフルーツ牛乳を入れることとか」
「あーあー、そーですか」
 まともに相手するだけ無駄と悟った亜子は、適当に返事をして、広げた弁当箱を片付け始める。
「ああそうだ。今日の放課後、例の転校生をここに呼んだから。話を聞いてあげてくれる? 予想通りというか、下らないトラブルに巻き込まれてるみたい」
「近藤先輩の親衛隊ですか?」
「多分ね。目に余るようだったら、先生方とも相談したほうがいいかもね」
「わたしに任せてくれれば、大丈夫よ」
 奈保が自信たっぷりに頷いた。その場当たり的な言動が不安なんだと、亜子はひときわ渋い顔をした。

 

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