19

「まるで線香花火みたい」
 背後から近付いた少女が、楽しそうに言った。
 午後から降り続いていた雨は、夜半を過ぎて上がりかけていた。厚い雲が立ち込める闇の底で、ピンク色の傘が池のほとりへと歩いてゆく。
 水際に佇んでいたもう一人の髪の長い少女が、おかしそうに肩を揺らす。その背中は雨に濡れて、下着が透けて見えていた。
「きれいでしょう? わりと気に入ってるの」
「不便に感じないの? だって、その体じゃ電気製品の近くに寄れないじゃない?」
「最近はそうでもないわ。だんだん慣れて来たのね。こうやってたまにガス抜きして、暴発しないようにすれば、問題なく日常生活は送れるわ」
 長い髪の少女が、右腕を前に伸ばす。
 不意にバチバチッと音がして、二の腕から拳の先にかけて光が駆け抜けた。それに驚いた池の鯉が、水面に波を立てて騒ぎ始める。
「西の池の光る幽霊ね。だいぶ有名になってるわ」
 傘を差した少女が言った。
「そうみたいね。新聞部の生徒がご苦労にも、この雨のなかで池の近くを嗅ぎ回ってたから、ちょっと脅かしてあげたわ。ここが一番人目につかないと思ったのだけれど、そろそろ潮時かもね」
 彼女の視線の先には、黄色いレインコートを着た二人の少女が、校舎の壁に身を寄せて気を失っていた。
「顔は見られなかった?」
「そんなヘマしないわよ」
「それならいいけど。ところで、鴻野さんのこと聞いてる?」
「ううん。何か分かったの?」
「うん、やっぱり悪魔を落とされていたそうよ。記憶障害もそのせいだって。あの転入生の仕業で間違いないわね」
 ピンク色の傘がクルリと回った。
「彼女、結構な魔術の使い手なのね。只者ではないと思ってたけど」
「感心してる場合じゃないわ。悪魔を減らされるなんて、失態もいいとこじゃない。あの人に申し開きが立たないわ」
「でもねえ、しょせんはただの捨て駒だし。鴻野さんは正直、宿主としては適正に欠けていたと思うわ。美術部員にあんな悪さをしてたら、転入生じゃなくても怪しむわよ」
 長髪の少女が冷たく言った。

「これからどうするの?」
「あの方から通達が来たわ」
「あの人は何て?」
「棚橋さんが持ってる、ソロモンの小さな鍵を奪いなさい、だそうよ。あの魔術書が無ければ彼女は何もできないから」
 パチッ、パチッと少女の周囲で光が弾ける。これほど強い放電を行っておきながら、本人は平然としてるのが不思議だった。自分など冬の静電気ですら苦手で気を使うのに。
「ふうん、魔術書なんてあったんだ?」
「寮の部屋に隠してあるのではないかしら。学校へは、さすがに持って来ないわよね」
「それを盗み出せばいいのね?」
 傘を差した少女が、声を弾ませる。
「待って。あなたが動くのはマズいわ」
「どうしてよ?」
「自分の胸に手を当てて考えてみなさい。これ以上、問題を起こしたら、わたしだってさすがに庇いきれないわ。どうでもいいことで、騒ぎを起こし過ぎなのよ」
 長髪の少女が叱りつける。傘を差した少女は不服そうに、フンと鼻を鳴らした。
「じゃあ、どうするの? 事情を知らない第三者に任せるつもり?」
「適任がいるわ」
「まさか、多希先輩に?」
「いいえ、彼女はもうダメね。すっかり転校生のペースに巻き込まれてるもの。ここは副会長に動いてもらいましょう。彼女の悪魔も、ようやく目覚めつつあるようなのよ」
「でも、納得するかしらね。彼女、相当な堅物よ?」
「真っ正直に伝える必要はないわ。彼女の正義感を利用して、軽く煽ってやればいいのよ」
 長髪の少女は最後にもう一度、両腕から放電をした。余分なエネルギーが抜けて疲労感が押し寄せたのか、だるそうに肩を揉む。

「あーあ、つまんない。それじゃあ、通達の件は先輩に任せるわ。本当はわたしの能力を使ったほうが、楽だと思うんだけどなー」
「本って結構重いわよ? できるようになったの?」
「1キロぐらいなら、何とか。それ以上重いと厳しいわ」
「早く力を付けなさい。わたしが卒業したら、今度はあなたがこの学園をまとめていかなきゃならないんだから」
「はーい」
 傘を差した少女は手を振って、もと来た道を戻っていった。

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