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【弾き語り作品関連】星詠み仔猫と三日月の夜

弾き語りミュージカル「星詠み仔猫と三日月の夜」の原作小説です。

 深い深い夜空から、極端に傾いた天秤の様な三日月が、黒猫のクロスケを見下ろしていた。クロスケは欠伸をしながら、その極端な傾きを眺めていた。あの天秤の、高く持ち上がった方ってどんな感じなんだろう。

 恐らく俺はあの天秤の、極端に低く下がった方に居るんだろう。そっからえいっと高く持ち上がった方を目指して飛んだなら、ひょっとして飛び乗れるのかもしれない。けれど高く持ち上がった方は俺が飛び乗った途端、たちまち元の低さまで落ちてしまうんだろうな。クロスケは、斜めに首を傾けてその天秤の端から端までをなぞった。 

 クロスケは、生まれた時からノラ猫だった。何年も使われていない、廃屋で生まれ、ノラとして育った。それだから、クロスケという名前も、本当の名前なのかすら彼自身わかっていない。近所のじいさんが勝手にそう呼んでいるから一応俺はクロスケなんだと思うことにしているのだ。

 そんな彼の頭スレスレを、ゴミ袋が掠って飛んで落ちた。さて、今ニンゲンが放り投げてくれたのは、お宝かそれとも毒か。
 何年もノラ猫をやって居ると、嫌でも警戒心が強くなる。ニンゲンを見たらまずは敵だと思え。奴らは俺たちを殺しに来る事さえあるのだから。それがクロスケ達、ノラ猫の常識だ。

 クロスケは、さっき自分を掠って飛んで落ちたゴミ袋まで、一歩ずつ慎重に歩いた。嗅覚を信頼する限りは、どうやら、毒では無いようだ。と彼は直感した。
 ゴミ袋までの距離を更に縮め、クロスケはゴミ袋に鼻を近付ける。すると、ゴミ袋は風でふわっと浮かんで、彼の鼻先からまた少し遠くへ飛んだ。
「なんだ。空っぽか。」
少しがっかりしながらふわふわと飛んでいくゴミ袋を目で追い、クロスケはもういつもの場所へ帰ろうかと思った。
 その時、彼の背後で小さな声がした。暗闇と雑草をかき分けながら声のする方を確かめると、そこには白い子猫が丸まって震えていた。さっきのニンゲンが放り投げたものの正体らしかった。
「おい、子猫、大丈夫か?」
クロスケは子猫に近づいて、子猫を舐めてやった。茂みに落ちたからか、幸い怪我はないらしい。子猫は恐る恐る目を開けて、クロスケを見つめた。
「捨てられちまったのか。かわいそうにな。」
まだ震えている子猫を連れて、彼は寝ぐらへと帰る事にした。

 彼を「クロスケ」と呼んでいる近所のじいさんは、だいたい朝その辺を散歩して、昼間は同じ老人たちと一緒にゲートボールなんかをしている。一人暮らしだから、外に出かける方が楽しいみたいだ。そして夕方、自分のご飯の支度の前に餌をくれる。それが日課だから、もはやクロスケはじいさんに飼われている様なものだった。

 明くる日の夕方、早速彼は子猫と一緒にじいさんのところへ行った。
「おや、新しいお友達かい?かわいいねぇ。」
じいさんは子猫用にホットミルクを持ってきてくれた。子猫は夢中でミルクを舐め、あっという間に皿をきれいにしてしまった。

 夜が来て、月が上り、星がきらきらとし始める頃からが、夜行性である彼らにとって最も楽しい時間帯だ。
 クロスケは、近所の家の屋根から屋根へと飛び回って遊ぶのが好きだ。だが今は子猫がいるので、子猫を背負って屋根に上った後は、夜空を眺めながら子猫に色々と話しかけていた。
「子猫、名前はあるのか?」
子猫は首を横に振った。そうだよな、名前を付けた子猫なら捨てられる事は
なかっただろうと彼は思った。
「そうか、じゃあそのうちじいさんに名前をつけてもらおうな。」

 次の日も、彼は子猫と共にじいさんのところへ行った。何度か顔を見せるとじいさんともすっかり馴染みになり、ついに子猫に名前が与えられた。
「シロじゃ犬みたいだしな。そうだ。オリオンにしよう。あの星みたく眩しい白い猫だ。」
じいさんはそう言って、夜空のオリオン座を指差した。実はじいさんは昔、高校の教師で地学と物理学を教えていた。

 クロスケとオリオンは、毎晩の様に屋根に上り、夜空を眺めた。オリオンは捨てられた時の恐怖からか、しばらく口をきけないでいたので、クロスケが一方的に話しかける格好だったが、オリオンはクロスケの話に頷いたりしながら、興味深そうに聞いていた。

 クロスケはもともとノラだから、じいさんの餌だけを頼りにせず、ちゃんと狩りもする。彼らが出会って数日が過ぎたある夜、クロスケが狩りから戻ってくると、オリオンの姿が見えない。心配になったクロスケが辺りを捜索すると、オリオンはひとり屋根の上に登っていた。
「お前、登れるようになったのか。」
クロスケも屋根に登り、オリオンの隣に腰掛けた。
「お星様と話してたの。」
オリオンはやっと口をきいた。
「お星様と?」
「うん。明日は風が強くなるから気をつけてってあの赤いお星様が言ってた。赤いお星様は年を取ったおばあさん星だから知恵があるんだ。」
 夜が明ける頃、オリオンの言った通りものすごい強風になった。
「すごいな、お前の言った通りだ。星と話が出来るって本当なんだな。」
オリオンは夜空が晴れている日は大抵、星と話をしていた。

 ある夜の事、平たい円盤の様な輪を持った美しい、しかしどこか不気味な星が近づいてきて、オリオンに何かを話していた。
「不吉な事が起きるって、、、あの星は土星っていうんだ。まるで死神みたいだったよ。」
オリオンは土星がよほど怖かったらしく、ガタガタ震えていた。
「不吉な事か。。。何だろうな。ホケンジョの奴らでも来るっていうのかな?」
「ホケンジョ?」
オリオンは首を傾げる。
「俺たち野良猫にとっちゃ殺し屋だよ。ホケンジョに連れていかれてたら、まず帰って来られないって言われてる。奴らは俺たちみたいな野良猫を捕まえて、ホケンジョへ連れて行って殺すんだって、有名な噂さ。俺の知る限り、ホケンジョから帰って来られたのは赤毛の脱走兵だけだ。あいつがこの辺りの野良猫みんなにホケンジョの事を話してくれたおかげで、最近は捕まるノラは減ってるがね。」
オリオンは激しく戦慄した。
「どうして殺すの?」
「さぁな。あのじいさんは違うが、ニンゲンの中には俺たち野良猫を良く思わない奴が沢山居るんだってよ。だからお前もこの世界で生きていくなら、まずニンゲンを見たら用心しろ。」

 明くる日彼らは細心の注意を払いながら過ごした。ホケンジョのニンゲンらしき人は終日来なかった。だが、別な意味で辺りが騒がしくなってきた。
「なんだか、焦げ臭いな。」
クロスケは外に出て、臭いのする方向を確かめた。これは煙の臭いだ。それも、焼き魚の様な香ばしい臭いではない。自然界によく馴染む焚き火とも違う、と彼は思った。
オリオンはもうだいぶ大きくなって、木登りも出来るようになっていた。
「俺ちょっと様子見てくる。ニンゲンとか犬が来たら、木に登るんだぞ。」
クロスケはオリオンにそう言い残すと、臭いのする方へ向かった。だんだんと、彼は嫌な予感がしてきた。

 煙の臭いが強くなるに連れて、呼吸が苦しくなって来た。これ以上近づくよりも、と思った彼は、高い木に登って煙の出ている方に注目した。
「じいさんの家が燃えてる!」
クロスケは煙をなんとか避けながら、屋根伝いにじいさんの家へと急いだ。
「じいさん!」
じいさんの家の隣の屋根から現場を見下ろすと、赤い大きな車が、火に向かって勢いよく水をかけていた。沢山のニンゲンが集まっている。やがて、炎に包まれた家の中から担架に乗せられた人が運ばれて来た。
「まさか。。。そんな。。。」
火が消し止められてからも、クロスケはケイサツという種類のニンゲンが、忙しそうに現場を動き回るのをただ言葉を失ったまま眺めていた。
 気がつくと、どうやって知ったのかオリオンが隣に来ていた。カラスの群れが悲しそうに鳴いていた。

 じいさんの家が火事になった日から、まるで夜空も悲しんでいるかのように、星も月も雲に隠れた日が続いた。クロスケとオリオンは、じいさんの家の庭に、花を供えに行った。

 その帰り道、三日月に照らされながら、彼らは歩いていた。猫の目は夜の方が良く見える。オリオンは前方に、面白そうな箱を見つけた。これまで見たことのないおもちゃだ、と思った。オリオンは箱に向かってダッシュすると、無邪気に箱の中に飛び込んだ。
 ガシャーンという大きな音がして、じいさんとの思い出を回想していたクロスケは我に返った。
閉じ込められたオリオンは、脱出不能になってニャアニャア泣いていた。
「しまった!俺の不注意だ!」
クロスケは渾身の力を振り絞って、捕獲器の扉を開けようとした。しかし扉には自動的に鍵がかかり、猫の力では到底開くことが出来ない。声を上げればいつニンゲンが来るかもわからないので、仲間の猫を呼ぶことも出来なかった。
「オリオン、申し訳ない、だめだ。俺じゃどうにも出来ない。これはニンゲンが猫の力では敵わないように作ったものみたいだ。俺が気を付けていなかったばっかりにお前をこんな目に合わせちまった。。。若いお前を助けられないなんて!」
泣き崩れるクロスケの頭上を、流れ星が通過した。
「そうだ、星を呼べ!星を呼ぶんだ!お前お星様と話ができるんだろ!?星を呼んでどうしたらいいか教えてもらうんだ!」
パニック状態だったオリオンは、その言葉に冷静さを取り戻し、夜空に向かって祈り始めた。暫くして、オリオンの表情が落ち着きを見せた。
「助けに来るって。」
すると、夜空の方から何かが近づいてきて、だんだんと辺りが眩しくなった。
「来た!」
クロスケが振り向くと、あの三日月がゆっくりとこちらへ近づいて来ていた。三日月には櫂を持ったうさぎが乗っていて、夜空の大海原を漕いで来る。なんとじいさんも一緒に乗っていた。
三日月が到着すると、じいさんが捕獲器を開けてくれて、オリオンは無事脱出する事が出来た。
「すまなかったね、突然だったもんだから、何もできずお前たちを置いていってしまって。」
じいさんは持ってきた煮干しをくれた。うさぎは2匹が乗る場所を三日月の上に作った。
「ちょうど『船の日』で良かった。お月さんがまん丸い時は餅つきで忙しいし、新月っていうお月さんの取り込み中だったら私も出られない。『船の日』はたまぁにね、こうやって夜空の名所を見せて回るんですよ。さっきはこの方をブラックホールツアーへ案内してきたところです。なんでも星に詳しい方のようで。」

 2匹とじいさんが三日月に乗り込むと、うさぎは三日月を走らせた。
「この方を送り届けるついでに、あなた方にとっての楽園へ連れていきましょう。そこでは猫達がニンゲンに怯えることなく、のんびりと暮らしている。猫の楽園ですよ。」
やがて三日月は、小さな島の上空にたどり着いた。
「ここだ。『青島』。降りますね。」

 三日月は小さな島へとゆっくり降りていった。2匹が『青島』に降りると、三日月はまた、地上から離れて夜空の方へ登って行った。青島に住む猫達が集まってきて2匹を歓迎した。
「しあーせにな!」
三日月の上からじいさんが手を振っていた。

 青島。通称猫島。200匹もの猫が暮らす島で、新しい暮らしが始まった。
ここにいるニンゲンは怖がらなくて大丈夫だし、車に轢かれる心配もない。
時々船てやって来る沢山のニンゲンも、危害を加えるどころかじいさんの様に可愛がってくれる。
 賢いクロスケの知恵は猫島でも重宝され、星と会話が出来るオリオンはやがて「星詠み仔猫」と呼ばれ、島中の猫達から尊敬されるようになった。彼らはその島でずっと、楽しい毎日を送った。

「ここは、前居た場所よりもずっとずっと沢山の星が見えるね!」

終わり。


 


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