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「私が研究者になったキッカケの世界 RE:CONNECT×Nue inc note企画第1弾」

森・里・海のつながりを総合的に研究する「RE:CONNECT(リコネクト)」。日本財団と京都大学が共同で行うプロジェクトです。本プロジェクトのクリエイティブ部門を担当するコンサルティングファーム、Nue incからお題をいただき、研究者が記事を執筆する企画がはじまりました。第1弾は、「私が研究者になったキッカケ」というお題で、RE:CONNECT所属の研究者が自由に語ります。

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大学で海のことを学び,海の街,函館にたどり着いた。せっかく海について学んでいるのだから,海の中をじっくり観察してみたいと思いダイビングを始めたのが,もう10年以上も前の学部2年生の時のこと。すでに薄れつつある記憶の中で,初めてダイビングをして,初めて海の中の世界を体感した時の感動は今でもよく覚えている。

「世界が一つ増えた」

陸上とは違う,重力から解放された静かな世界。空気タンクを背負うだけで,1時間も海の中で過ごすことができる。それに,海水浴ではなかなか観察できない深い場所,岩の陰や,海藻の下まで心ゆくまで観察できる。それまで何となく知っていた海の中の情報よりも圧倒的な,活き活きとした海の生き物たちの世界に心を奪われ,またたく間に海の虜になってしまった。

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研究室は迷うことなく潜水調査ができるところを選んだ結果,道南の噴火湾の漁村にある水産実験所に配属されることになった。周辺に娯楽施設はないが,数件のコンビニとドラッグストアがあるという,研究にはうってつけの好立地にあったためか,辛く苦しい(&たまに嬉しい)研究生活に6年間もどっぷり浸かってしまった。

最初に取り組んだ研究は,北海道周辺の海に生息する魚のグループのひとつ,ツマグロカジカの仲間の分子系統関係と生物地理の解明だった。簡単に言えば,そのグループがいつどこで誕生し,どのルートを辿って今の分布域を形成したのか,を卒業研究で調べていた。

カジカと言えば,川に生息する種の方がイメージが強いかもしれない。けれども,世界に生息するカジカ類の約400種のほとんどは海に生息し,北極海や北太平洋で一大勢力として繁栄している。実験所がある前浜にも研究に必要なカジカ類が生息しており,せっかくなら自分で潜ってサンプルを採ってきなさいとの指導教官の指令を受け,数多くの標本を小型の手網だけを武器に集めた。そう,意外と簡単に集めることができたのだ。多少の経験を積んで思ったが,水底に佇んで動かないカジカたちはカムフラージュの達人ではなかろうか。だからこそ,目の肥えたカジカハンター達が近づいても自信満々で逃げることなく,大人しく捕まってしまうのだろう(例:トップ写真のアイカジカ稚魚)。そうして研究用に世界各地で捕まえられたカジカは何匹になるだろうか…。もう,食すなどおろか,カジカに足を向けて寝ることなど一生不可能だ。

標本採集の後は実験をしなければならない。自分には絶対向かないと思っていた遺伝子実験は,悟りを拓いたように淡々とこなし,気が付いた時には卒論のストーリーが完成していた。卒論は自分が考えたテーマではなかったが,一つの問題に対して抱いた疑問に丁寧に向き合うことで,パズルのピースを一つずつはめていくように研究が進んでいくのか,と身をもって体感した。そしてこの時,研究生活が自分に向いているかもしれないとの錯覚に陥ってしまった。

博士課程に進むと決めたのは,修士1年の就活を始める前。5分ほど悩んで,もう少し研究を続けたい!と決心した。決心が揺らがないよう,周りに宣言したら皆に止められた。古い体育会系人間だからか,負けず嫌いな性格が功を奏したのか,幸いなことに,そして不思議なことに,いまだに研究を続けられている。一人目の出産を期に研究者をやめようとしたが,どうも無理だったようで,結局また研究の世界に戻ってきてしまった。小さな子供を抱えても研究が続けられるのは,きっと周囲の理解に恵まれているからだろう。水底にひっそりと生息するツマグロカジカから始まった研究は,興味の赴くまま流れに身を任せていたら,多様な研究を経て,今では流行りの環境DNAへと移り変わった。学生時代,特別講義で心に残った言葉がある。

「どんな道を選択しようが,最終的には自分のやりたかったことに繋がっていく」

そんなこんなで,今年からは新たな環境で,頼もしいプロジェクトメンバー達と楽しく仕事ができれば,と心から願っている。

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