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子どもの虐待死のニュースを、自分の子どもに説明する時。心がけていること。

最近知人と、「子どもの虐待死のニュースのこと、子どもに聞かれたらどんなふうに説明してる?」という話題になったので、うちの家のことを少し書きたいと思う。

私は基本、「隠し事をせず、事実を(噛み砕いて)説明する派」である。

理由はシンプルに、5歳と3歳といえども、きちんと理解できると思うし、何より私が子どもだったらそれを求めると思うからだ。性教育と同じで、隠して得する事の方が少ない。一人の人間として、隠してほしくなんか無い。(これはまぁ私の考えで。人それぞれ価値観の軸は色々出会っていいと思うので、あくまで一意見として。)


そして実際に私に起きたことだが、親の他愛のない一言から、「それはおかしいやろ」とか、「変やな」と思う ”自分の中の違和感” そして ”それを声に出す体験” を大事にしてほしいと思っていることもある。それはいい意味で、今の子どもの時にしか感じられない感性だと思うからだ。


実は私が今のRACの活動をしている一番最初のきっかけは、母親が虐待死のニュースを見せてきて、色々言ってきたことと、子どもだった自分の叫びの様な気持ちがきっかけだった。今日はそのことも少し交えて書いてみたい。

母親が見せてきた新聞記事

小学生の時、うちの母親がとある新聞記事を見せてきたことがあった。それは自分と同じく小学生の女の子が、ネグレクトで布団の中で、汚物まみれで亡くなっていたと言うような記事だった。(と思う。)


そこで母親は何を思ったのか、

「あんたも、虐待されたら、ちゃんと逃げるんだよ。隣の家とかに逃げるんだよ。」

と言い出した。しかも若干涙しながら。


意味がわからんやないか、と思ったのを覚えている。

虐待するとしたら、たいてい父か母になると思うのだけれど、、、その当事者の母親がこんなふうに子どもに言ってくるもんだろうか?という感じである。

そこで私はめちゃくちゃイラッとして、言い返したのを覚えている。

「なんでそんな事言うねん。この子は、絶対助けを求めてたでしょ。気づかなかったのは大人の方なのに、子どもが逃げろ、子どもが助けてって言え、ってめっちゃ変やん。」

同時に、ちょっと上目線で、こう思ったのも覚えている。

「子どもに逃げろ」とか、そんな事を言う大人には、絶対自分はならへん!!!!気付ける大人に絶対なったるわ。


もちろん、心のなかでは、もう一つのツッコミを反芻した。

「なんで虐待する側の、母親が子どもの私にそんな事言うねん。そんなん言う親が、虐待とかするわけないでしょ。」


実際に私は虐待を受けたことはない。


結局、最終的に一般の平凡な小学生の頭で思ったことは「あーぁ、そんな子がいるって知ってたらなぁ。近くの子だったら、ご飯分けてあげたのになぁ。」そんなレベルの自分でできることを考えて、数日後にはすっかり忘れてしまっていた。

20歳で初めて知った、「周りにもそんな子がいたんだ」という事実

それから10年後、20歳のとき。

私は自分たちの悩み事を、親に相談するか、親のお金で解決するかで毎日の生活を送っていることに気づく出来事があった。(気づくの遅いやろ、というツッコミはあるだろうが、大学生で一人暮らしをするまで気づかなかったのだ。)

そして初めて、「親がいない、お金がない子どもたちが一体どうやってこの日本で暮らしているのか?」に興味を持って、自分で調べるようになった。


するとでてくるわでてくるわ。虐待を受けて施設に行った子どもたち、里親家庭の話、お金がなくて大学に行けない子どもたちのこと。

あれ?こんなに保護されている子って日本にいるんだ。そしたら自分の周りにも、お金がなかったことか、親がいなかった子って、知らなかっただけで居たんじゃない?

初めてそう思うようになった。

思い出した10年前の「子どもの頃の自分の言葉」

そんなときに思い出したのは、10年前の母の新聞記事のやり取りとその後に思った気持ちだった。

「子どもに助けてって言いなさい」なんて言う、子どもの気持ちがわかんない大人になんて、ならない。

って言ったのは私だったじゃないか。あれ?20歳の今まで、そんな困った声って友達からも周りからも聞いたことなかった・・・


結局、私は、気づけない大人になっていたんだ。ということに愕然とした。


自分が実際に子どもを産んで、逃げ出したいと思ったこと

そして更にショックな事があった。

私は20歳のときに里親を知って、絶対に自分でやろうと思って結婚したのに、初めての出産後に「あー子育てから逃げ出したい」と思ったのは数回ではない。

いつか、子どもを虐待しちゃうかもしれない。

テレビに写っている、虐待して捕まった親は、もしかしたら未来の私なんじゃないか。

そう思ったことも何回もある。

今でこそ、子どもにもよく話すのは「365日、24時間ママがママをやってたら、潰れてパンクしちゃうからさー。大大大好きだから、今日は保育園行ってきてね♡ママが一人で社会と繋がれる時間をちょうだいね!」という感じのポップなセリフ。

引っ越して誰も知り合いのいない場所での、0歳の子育て期は、ワンオペでそんなふうに軽く言える状況ではなかった。

そんなときに母親が言った、

「あなたが虐待を受けたら、逃げなさい」という言葉が蘇ってくる。


全く同じことを、子どもに言いそうになった。ほとんどの人は、あー虐待しちゃうかも、とか子どもを捨てたい、とか。絶対頭をよぎったことがあるはず。それはほぼ確信になった。


あーきっと、母親は、そんなふうに思うことがあったから私に言ったんだな。そう思えた。


笑えてきた。

巡り巡って一緒のことをしてたんだって。


だから私は、子どもたちにいつも問いかける。


真意は「ママの意見はこうだよ。」ではなく、「一人の大人として、こう私は思うんだけど、子どもの感性を持つ君はどう感じてる?」という事だ。


私達はいつまでも子どもでいられなくて、色んな事を忘れてしまうだろう。慣れていってしまうだろう。でも子どもたちは何事も初めてだ。そこの違和感を、大事にして欲しい。

そしてその違和感を言語化できたこと。言葉にならなくても、なにか感じだこと。それは忘れてしまっても、こんなふうにおとなになって思い出すこともあるかもしれない。

親と別意見でいい。人と違ってていい。


そして母親も、父親も、その役目を離れたくなる時って必ずある。だから我慢して糸が切れてしまう前に、

今日、子ども見てて欲しい!と手渡せるところが身近にあってほしい。それをRACでは作りたい。うん。


子どもの逃げ場所も必要。そして親の逃げ場所も必要。

それを声に出して、潰れそうになっていた過去の自分を、誰かを、応援している。

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RACという団体でショートステイ・短期里親の普及活動をしています。 歯科医師(訪問歯科、高齢者)、MBA、東京大学大学院 客員研究員。 子ども・高齢者・社会を繋げられたらなと思っています。5歳3歳の母。 BlogはRACの活動と趣味の性教育ネタ。
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