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フランスから、食関連ニュース 2020.10.14

今週のひとこと

南仏ドローム県ヴァランス市の3ツ星「メゾン・ピック」のオーナーシェフ、アンヌ・ソフィ・ピック氏が、弊社atelier DOMAに来てくださいました。もう10年以上来の知己になるのですが、まったく変わることのないしなやかさと、溢れるような優しさは、生来のものと感じさせられます。料理人になる前から、父であるジャック・ピック氏が辻静雄氏と親交を結んでいたこともあって、日本には特別な想いを寄せてくださっています。サン=ジェルマン・デプレ界隈に日本茶を通して文化発信をミッションと掲げる日本茶の専門店「寿月堂」さんともコラボレーションをして、フレーバーを煎茶やほうじ茶と合わせたオリジリナルティを作っており、いずれも、繊細なブレンド。単純な香りの掛け合わせだけではない、彼女独自の世界が生み出す優しさと、新しい世界に我々の目を見開かせてくれるようなサプライズがつまっていると感じます。例えば、ほうじ茶とレッドベリー香のエチオピア産アラビカコーヒーの組み合わせや、ミント香のような爽やかさの立ち上るクベバ胡椒とのブレンド。あるいは煎茶にスモーク香のヴァニラを合わせたり。お茶はもちろん、ブレンドをしたフレーバーの様々な生産者との出会いへの、感謝の思いがつまった商品というか。そんなところに彼女らしさを感じます。また、職人技にはとりわけ好奇心が強く、弊社の庖丁専門家であるマリナ・メニニが手がけている、庖丁のメンテナンスにも以前から非常に興味を持ってくださっていました。その流れから、今回の庖丁研ぎの個人レッスンを受けてくださることに。研ぎ方を学ぶだけではない、庖丁自身のあり方、つまり、鋼材の種類や合わせ、断面における切れ刃の状態、しのぎや裏すきのへこみの存在意義についてのレクチャーに、感覚で研いでいたのとはまったく異なる、確かな手ごたえを感じてくださっていたのを、近くで感じました。たくさんのメモと、ほぼ研ぎ終わった、辻芳樹さんの付き添いでだいぶ前に日本で購入したという庖丁を大事に持って帰っていきました。また新しい命が吹き込まれて、末長く愛して使っていけるという確信も得て。

atelier DOMAに料理人さんからたくさんの庖丁が届きます。それをマリナが砥石で丹念に直していくのですが、あるべき形に蘇っていくのは、ある意味感動的でもあります。ただ、どんな使い方をしたら、こんな刃になってしまうのだろうと驚くことも。私自身、使っている庖丁の様子も眺めながら、道具の背景にある人々、自分が切っている食材すべてに対するリスペクトが足りなかったかなと反省すること、しきり。「庖丁はどのくらい持つのですか?」と質問されるお客様もしばしばいらっしゃいます。「一生、あるいはそれ以上です」と答えると驚かれますが、丹念に作られた庖丁は、使い込んでその刃がなくならない限り、使い続けることができる。しかし、こうやって紡がれる伝統が、今の料理人さんたちの新しいクリエーションを生んでいくのかと思うと、つまり、伝統と革新の接点が、この庖丁の面にあるのかと思うと、革新というのは、どこにあるのかということを考えさせられます。庖丁に限った話ではなく。

今週のトピックスは、今週のひとことの後に続きます。【A】「デュカス・パリ」、「La Manufacture」を中心に未来設計。【B】ホテル「プラザ・アテネ」内「ルレ・プラザ」ディレクターに、女性が着任。【C】「Easily」、ゴミ削減アプリを無料提供。【D】「ボキューズ・ドール・ヨーロッパ」のトロフィ、作家リシャール・オルランスキが担当。

「メゾン・ピック」はその歴史を1889年に遡ることができます。初代の料理人はやはり女性で、アンヌ・ソフィの曽祖母にあたるソフィ・ピック。祖父アンドレ、父ジャックともに、ミシュランガイドの3ツ星を長年獲得をしてきた、ピック家は地元の名士ともいってよいでしょう。もともとアンヌ・ソフィは商業学校出身だったのですが、ジャックの突然の死で、3ツ星をも失い、シェフとして厨房を取り仕切ることに。そして2007年、3ツ星を奪還することになる。受け継いできた伝統が彼女の背景にあり、さまざまな世界との出会いが、料理の中に感謝となって結集し、我々にサプライズをもたらしてくれる。伝統を知っているからこそ、あるいは大切にしているからこそ、新しいものを生み出せる。3ツ星の頂点に立つということは、並大抵のことではありませんし、だからこそ事業家である夫ダヴィッド・シナピアン氏の支え、存在は大きいかと思いますが、そのしなやかさから、彼女は生来、伝統から革新を生み出せる庖丁の刃の面のような方なのだと思います。

今週のトピックス

【A】「デュカス・パリ」、「La Manufacture」を中心に未来設計。

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