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フランスから、食関連ニュース 2020.09.30

今週のひとこと

パリ16区にレストラン「エチュード」を構えて7年になる山岸啓介さん(ポートレート写真© PatriceJacquemard)が、ロックダウン明けの夏、トロカデロ広場の地下にある、水族館に併設された和食レストラン「Taisho」の期間限定シェフとして招かれていました。日本に造詣の深い、国民的人気の料理人ティエリー・マルクス氏も、招待シェフを務めていたこともあります。フランス人が和食を作るのならいざ知らず、日本人であるフランス料理のスペシャリストが和食を作るというのは、どれだけプレッシャーだったかと察します。テラスでのサービスで、かなりの席数もあり、1つ星「エチュード」とは期待されるものも、規模感も全く異なります。それでも、牛肉串焼きやミニコロッケ、ナスの田楽、サーモンのタルタル、カレーライスなど、スナック感覚でいただける和食を工夫して作っていて、好感度が高かった。全く異なる客層に向け、料理を作るということが、どれだけ目を開かせてくれたかということは、私の想像を超えるところではと思います。

私自身もそうですが、長年食のジャーナリストをやってきて、生業とはしていますが、販売やプロモーションにも携わる立場となり、表舞台からは見えにくい裏舞台を肌身をもって知ることで、異なるステージから料理界を眺めることができるようになったのは、目を開かされている思いです。もちろん裏舞台へ切り込むのがジャーナリストの仕事ですが、身を切って知れることとは違う。この9月に出版されたばかりの、Valentin Gendrotというジャーナリストの著作「FLIC(ポリ公)」では、当ジャーナリストが2年間警察官として勤務し侵入することで、内部の不条理を暴いていますが、何かミッションを感じたのであれば、自身の人生を投じる覚悟がないと、そうそうできないことだと思います。

この夏、「Taisho」で働く山岸さんと話したときのこと。ロックダウンとなって、レストラン経営も厳しくなってきたと感じた山岸さんは、3Kといわれる仕事でもなんでもやって、どうにか金を稼ぐ方法も考えたとも。一国一城の主として、家族や従業員をどうにかしてこの手で養っていかなければならないという覚悟があったそうです。

以下、今月のトピックスは今月のひとことのあとに掲載しています。【A】老舗パティスリー「ラデュレ」に、有名シェフ就任。【B】巨匠、ピエール・トロワグロ氏(92歳)逝去。【C】ピエール・エルメ氏とセドリック・グロレ氏の、限定コラボパティスリー販売。【D】1つ星人気レストラン「セプチーム」、スマッシュバーガー店とコラボメニュー。【E】ワインの帝王が、ビール市場に参入。

その山岸さんがこの9月から「エチュード」に戻りました。その「エチュード」に私も戻らせていただいたのですが、その変容ぶりに心から驚きました。真っ白なインテリアは暖かなグレーブラウンのシックな落ち着いたカラーへ。白いテーブルクロスをやめて、木のテーブルに季節の食材をあしらうナチュラルな食卓に。料理も完全に変化していました。以前も良い料理だったのですが、山岸さんの個性よりも、ありがちな日本人が作る丁寧で綺麗な料理に止まっていたのが、完全に山岸さんが作る料理になっていました。良い例が、2013年のオープン以来、出し続けてきた「キャビアのコロッケ」はなくなっていました。ジャガイモにカサゴを和えた生地にキャビアをふんだんに加えてコロッケにしたもの。ブランダード(ジャガイモに干鱈を混ぜたピュレ)を思わせるクリエーションです。それは、7年間日本で師事した白金台にあるフレンチ「Ozawa」の小沢貴彦氏のスペシャリテ。基盤を築かせてくれた小沢氏へのパリからのメッセージでありオマージュでした。それを超え、脱出したクリエーションは、店の責任者である7年からともに仕事をするジャン・シャルル・コランさんとともに自分たちでパリ近郊100キロ圏内で探し抜いた食材で作る料理ばかり。ノルマンディーのある乳牛の小生産者を説得して取り寄せた、少量しか作らない手作りのバターやクリーム、ストレスフリーで育てられたホロホロ鶏やその卵、有機の蕎麦粉の小生産者など。横のつながりで人づてに生産者を紹介してもらって取り寄せるのではなく、自身の目と味、自分たちで紡ぐ関係を信じて、たとえ限られた素材であっても向き合うということ。菊とバラをあしらったクエッチ(すもも)のエスプーマ、ホロホロ鳥とレンズ豆の煮込み、生乳のアイスクリームにゼラニウムの葉を添えたもの、など、ハッとする感性がありながら、人の心に溶け込んでいく癒しの料理というか、さらに、コランさんの一生懸命に、情熱を持ってシェフの、あるいは店の思いを伝えるサービスが心に響いて、店としての魅力が一段に輝いたのに、心を温めて店を出てきました。とくにコランさんが、できたての自家製ブリオッシュをテーブルに運んでくれたときに、彼自身が、思わず「なんて良い香りなんだ」と呟いた嘘のない言葉が、今でも脳裏に残っています。

コロナ禍を経て、商売を、仕事をまわすための仕事ではなく、仕事と向き合うことで生まれる循環に、価値が生まれるということを、少しずつ私自身も身を以て感じています。

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