私が乳がんになるまで(その3)

乳がんという宣告を受け、ショックを受ける暇もなく、どの病院で手術をするのか決めるように先生から言われた私。

しかも二日で決めないといけない。

Facebookで公表していたのですが、実は家族には特に何も言ってませんでした。(父がFacebookを見て、弟に伝えてたので結果的に伝わってたんだけど)でも、一人で決断する自信がなく、弟に連絡。

翌日には福岡に帰ってきてくれ、一緒に病院を探してくれました。


この時点で、わかっていることは、乳がんだということと、左脇のリンパに転移があるということだけ。

手術をする病院を決めるということは、当然、手術しないといけないらしいということも、わかりました。

精密検査を受けた後、知ったのですが、私の場合は薬で腫瘍をある程度小さくしてからの手術だったので、病院を決めたからって、すぐ手術というわけではなかったんです。

でも、この時は、そんなこと知らなかったので、病院決めたら、すぐ手術しなくちゃいけないと思い込んでいました。


私はできれば手術をしたくないし、薬も使いたくない、いわゆる西洋医学の標準治療は受けたくないと思っていました。

でも、それ以外どんな治療があるかわからなかったし、自分で判断できるほどの知識もない。


手術は受けたくない、でも、病院を決めないといけない。決めないといけないけど、決めるのが怖い。

どうしたいいかわからない……

この時は完全に自分を見失っていました。


二日間で決めないといけないという焦りも手伝って、恐怖感と不安がどんどん増幅していきました。

後にも先にも、この二日間ほど不安な時はありませんでした。


精密検査だけをしてくれる病院を探しましたが、結局どの病院も「精密検査は手術を受ける病院で」という答え。

途方にくれる私を見て、弟は「どうしても、その病院で手術したくなければ、同意書にサインしなければいいし、最悪、手術日に病院に行かなきゃ手術はできないからね」と言ってくれました。

父とは、弟と3人で電話で話しましたが、取り乱すことはなく淡々と今できることについて一緒に考えてくれました。


この時の家族の言葉と態度のおかげで、私は自分を取り戻すことができて、不安もだいぶなくなりました。

弟にしても父にしても、ショックだったと思うし、不安もあったと思います。でも、少なくとも私と接する時はいつもと同じように接してくれました。

そのおかげで、「そうだ、病気になったって私は今まで通りでいていいんだ」と思えたんだと思います。それが本当にありがたかった。


そして、話し合いの結果、初めの病院でそのまま精密検査を受けることにしました。


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