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あなた宛の伝言、お預かりしています 3 <ミントティ>

「こんにちは。」

件の喫茶店の扉を開けた。
心なしかその扉は、始めて訪れた日よりも軽く思える。


「いらっしゃいませ。」

マスターは、初対面のときと変わらない、穏やかな表情で私を迎えてくれた。
笑顔を作って見せるわけでもなく、仏頂面でももちろんない。
そこに草木があるような。
さりげなく花が咲いているような。

そんな、とても自然な佇まい。


私は2度目だというのに、もうすっかり馴れた振る舞いでマスターの前に座った。
そう意識的に振る舞ってはいたが、胸の奥では鼓動が騒がしい。
あのミントティーがまた飲めるのだという高揚感を、全身で感じている。


「何を飲みますか?」

数行で終わるメニュー。
でも、私の心ははじめから決まっていた。

「ミントティーを。」


マスターは、ふんわりと微笑みを浮かべて頷いた。


もしかしたら、あの日はとっても疲れていたから、たまたま美味しく感じただけだったかもしれない。

改めて今日飲んでみたら、スーパーで買ったものとたいして変わらないかもしれない。

······ふと、そんな恐怖にも似た気持ちが浮かんでくる。


そんな高揚感を消し去ろうとしてくる不安を押え込みたくて、心を無にしようと奮闘していると、目の前に温かい湯気がのぼるカップが丁寧に置かれた。

ふわりと空間を揺らすミントの香りが、呼吸をするたび感じられる。


あの香りだ!


逸る気持ちでカップに指をのばした。
心の内側から、とてつもなく愛おしい気持ちがあふれてくる。
カップをそっと手に取ると、口元に近づける。

立ち上るミントの優しい香りに包まれながら、ひとくち含む。


舌の上に沁み込むようなミントティー。

そう、これだ。


私は無意識に目を閉じて、ミントの香りを余すところなく味わおうとした。




ここのミントティーは、あのときと同じだった。
細胞に染み込んでいくような、不思議な感覚の飲み心地。

他に比喩をあげるとするなら、寒い真冬の夜に、露天風呂に肩まで浸かった時のようなあの感覚。

身体がゆるんで解けてゆくような、心地よい感覚。

じんわりと、自分の身体の内側のそんな感覚に身を委ねる。



まるで時間の感覚が麻痺してしまったかのようなひと時を過ごし、空になってしまった手元のカップをソーサーに戻す。


「如何でしたか?」

あのときと同じように、マスターが優しい声音で私に話しかけた。


「どうやったらこんなに素晴らしいミントティーが淹れられるのですか?」

衝動的に私の口から出たのは、そんな言葉だった。