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食事をしない女性の話


「ご飯食べに行かない?」

今春新しく職場に配属された後輩の女の子に、そう声をかけた。

「あ・・・・・・。」

少し気まずそうに、その女性は私を見た。

「済みません、私あまり食事をしないので・・・。」

私は少し押し黙り、今耳に入ってきた言葉の意味を考え、把握した内容を念のため確認してみた。

「食べ・・・ないの?」

「ええ、そうです。なんならお酒も飲みません。」

飲みの誘いまで先制パンチで断られた気がして、少しショックを受ける。

「そう、なんだ。じゃあ、何かあれば。」

「よろしくお願いします。」

その女性は柔らかな笑顔を浮かべて、私に会釈をした。そこには拒絶するような空気もなければ、迷惑だと感じているような空気もなかった。


その日の夜。

私はこたつの中で体育座りをして、後輩女性の言葉を反芻していた。

「迷惑そうではなかったなあ・・・。」

何度もそう思いを巡らすのは、自分がもし誘われた時にああ言う場合、迷惑だから断るための口実にするからだ。

つまり、「こうなんじゃないか」と推測するときは、「自分だったらそうだから」がセットなのだ。


「ってことは、彼女の場合は本当に食べないのかもなぁ。」

私は食べる事が大好きだから、食事をしない、という人生を今まで想像もした事がなかった。週末になると、一人であちこちのカフェやレストランを食べ歩いていた。


翌日、懲りずに私は後輩のその女性に話しかけた。

「ねえ、何か趣味はあるの? 週末はどんな事をして過ごしているの?」

仕事を円滑に流すためのコミュニケーションになれば、と私は考えていた。

が。

「え、特に何もありませんけど・・・。」

彼女は、趣味を持たなければならない掟でもあるのだろうか、というような、その質問が出てくる私のことを、不思議そうな表情で見つめていた。

「あ、そうなんだ。立ち入った事を聞いてしまってごめんなさい。」

「いえ、とんでもないです。話しかけてくださって有り難うございます。」

彼女はまた、先日と同じ柔らかな微笑みを浮かべて会釈をしていた。

こと、食に関しては、毎週末食べ歩いている私とは完全にベクトルが真逆だ。


その日の夜、こたつに入り、鍋いっぱいに作ったおでんをつついていた。

おでんをつつきながら、やはり後輩女性のことを考えていた。彼女は何故食べないのだろう。他にどんな楽しみがあるんだろう。

おでんだって、こんなに美味しいのに・・。

ふと、胃袋の満腹感に気づいた。とっくにお腹いっぱいになっていた胃袋に、ぼんやりと考え事をしながら次々おでんを放り込んでいたのだ。

「全然味わってなかった。これじゃ、食べてないのとそう変わらないんじゃ。」

だいぶ減ってしまった鍋を覗き、慌てて蓋をする。


「・・・ところで私は、何故満腹になるまで食べちゃうのかな。」

それまで、お腹いっぱい食べるのが当然だと思っていた私は、ふとそんな事を考えた。

おでんを楽しんで、お腹を満たすと言うのなら、苦しくなるまでお腹いっぱい食べなくても良いはずだ。

でも、私は毎食毎食、苦しくなるまで食べ続けてしまう。

準備する量が足りなくて、満腹にならなかった時には、食後のデザートが登場する。

そうして、毎食お腹が苦しいほどいっぱいになるのだ。


「あれ、私はどうして彼女のことを誘いたかったんだろう。何故、彼女のことばっかり気にしているんだろう。」

たまたま趣向が合わなかっただけの後輩のことが、何故これほどまでに気になってしまうのか。

いつも後輩が入ると食事に連れて行っていた。

先輩に誘われると嬉しくて、二つ返事でついていった。

それが、社会人として当たり前の行動で、人脈を広げることが社会人にとってマストの行動なんだと思っていた。

美味しそうにたくさん食べれば、上司や先輩は喜んでまた誘ってくれた。そしてコミュニケーションがスムーズになっていくことは、良い事なんだと思っていた。

毎晩お付き合いの食事会や飲み会が入ることこそが、社会人の醍醐味なんだとさえ思っていた。


こたつに潜り込むようにして、私は今までの自分を振り返り、そんな事をつらつらと考えながら冬の夜は静かに更けていった。



終わり

※このお話は、心の仕組みを使ったフィクションです。

なんてことのない日常風景に見えますけれど(*^^*)