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もうひとりのわたし


言いようもない不安に押しつぶされそう。

膝を抱えて、蹲った。

どうしよう

どうしよう

どうしよう

ゆっくりと太陽は落ちていく。

気づけば、薄暗い部屋。

灯りもつけずに、夜が落ちてくる。

一人きりの夜。


ふと、どこかで小さな声がした。

小さな手が、私の手を取り空へと飛んだ。

突然のことに驚いて、私は目をぎゅっと瞑った。

「ねえ、目を開けてみて。」

そんな声がして、恐る恐る目を開ける。

そこは、先程までの薄暗くて小さな部屋ではなかった。

眼下に広がる景色は、まるで夜間フライトの機内から見下ろす夜景。

「ここはどこ?」

私は、手の先に触れている小さな少女に尋ねた。

「うふふ。」

少女は悪戯っぽく目を細めて、楽しそうに私を見つめている。

ピーターパンの物語をふと、思い出した。

たしかこんなシーンがあったっけ。

私の手の先で微笑む少女はさしづめ・・・

「ティンカーベル」

少女は、楽しそうにそう言葉を紡いだ。

私の思考に重なるように。


「あの小さな灯りの中に、あなたの人生がある。」

少女は、私の繋いでいない方の手を眼下に向けて指をさした。

「無数の灯りの中に紛れたたったひとつ。でも、かけがえのない一つ。」

眼下を眺める。色とりどりの綺麗な灯りたち。キラキラと、暗闇の中で光を発して輝いている。

「綺麗だね。」

私はぽつりと、そう呟いた。

「でも、私の灯りはきっと、あんなに明るく輝いていないよね。もっと地味でくすんで目立たなくって、どうせつまらないんだろうな。」

泣きたくなって来た。

そう、言葉にした事を、心から後悔していた。

「ねえ、私の後に続けて、同じ言葉を繰り返して見て欲しいの。」

少女は言う。

「え? なんのこと?」

ぽかんとしている私に、少女はまた、悪戯を仕掛けた子どものような微笑みを向ける。

「灯りは皆、とっても綺麗だ。はい、繰り返してみて。」

「・・・あかりはみな、とってもきれいだ。こうでいいの?」

「はい、よく出来ました。」

少女は、幸せそうに笑った。

「じゃあ、もう一回。これも繰り返して。あの中には、私の灯りもある。はい。」

「あのなかには、わたしのあかりもある。」

「そうそう、その調子!」

少女は、少しはしゃいでいた。

「明るさを強めたり弱めたりしたら、蛍のように綺麗だね。はい。」

「ほたる? 一体、何を言っているの?」

私は、真顔で少女にそう尋ねた。すると少女は、つまらなさそうに首を左右に振る。

「蛍、見たことあるじゃない。綺麗だよね。知ってるよね。」

そう少女に言われて、梅雨の時期、わざわざ蛍を見に行った時のことを思い出した。暗がりの中で、強くなったり弱くなったりしながら水辺を舞う蛍は、とても幻想的で美しかった。

「う、うん。」

私がおずおず頷くと、少女は首を縦に一度振った。

「明るさを強めたり弱めたりしたら、蛍のように綺麗だね。はい。」

「あかるさをつよめたりよわめたりしたら、ほたるのようにきれいだね。」

私が復唱し終えるとすぐ、少女は、私の手を強く引っ張って、そこからさらに上空へと舞い上がった。

「じゃあ、こっちに来て!!」

「ああっ!! 怖い!」

ひゅんっと上昇する感覚に、私は少女の手を強く握りしめながら、とっさにまた、目を瞑った。


「もういいよ。」

少女の呑気な声が聞こえた。

浮遊感は無くなっていた。私は、恐る恐る目を開ける。

そこは、薄暗くて小さな、私の部屋だった。

慌てて手の先を見ると少女の姿は消えていて、手先に残る感触すらもが、幻のように思えた。

ー無数の灯りの中のひとつ。

私は、先程見た光景を思い起こしてみた。

どの灯りも、様々な色や光の強さをしていて、だからこそ美しく見えた。

それこそ、点滅していたとしても、まるで蛍のように幻想的で美しいだろう。

もしも、私の人生もあの灯りの一つだとしたら。

光が弱まる時、強まる時の繰り返しすらも美しく見えて、例えいつ、どんな色で光ろうとも、きっとそれはその光の自由なんだろうと、ふと思った。


「あの中に・・・私の灯りも、ある。」

そう、先程の言葉を呟いて、私は静かに微笑んだ。




終わり