殉愛 5
水車は回る 川の流れが 水車を回す
川は流れる 海へ続いて 永遠に流転する
<回る水車が見せる少女の物語>
そこからの記憶はもう、途切れ途切れのものだった。
”地に伏せた恩人たちの、幸福だった世界の終焉を見た。”
少女は咄嗟にそう考えた。
終焉に導いた悪魔は、この私。決してこの世に存在してはならない悪魔は・・・。
滴り落ちる血液を始めて見た。
どんどん青ざめていく、すっかり様相の変わってしまったおじさまの姿。
この世の悲しみを全てその腕に抱え込んでしまったかのような、おばさまの絶叫。
怖かった。
その場には、ただ少女にとっての恐怖があった。
”ごめんなさい・・・”
少女の心の中では、まるでこの事態を解決に導く唯一の呪文のように、その言葉だけが繰り返し繰り返し響き渡る。
だけど、言葉にすることは出来なかった。
己の口から発せられるものは全て、今は呪いにしかならないような気がしたから。
恩人である二人に、自分が何かを話しかける事さえ、今は禁忌なのだと。
だから、その時とっさに少女が取れた最善の行動は、ただ、その場から消える事。
自分の存在ごと、跡形もなく二人の前から消え去る事。
命の恩人の、大切なおじさまとおばさまの人生から、私という悪魔が完全に消え去る事。それでしか、罪を贖うことは出来ないような気がした。
そんな事が瞬時に頭の中をぐるぐると巡る。
そして何よりも。
怖かったのだ。
少女は走った。
走った。
走った。
走った。
とにかく一刻も早く、あの場から離れなければ。
だから、全速力でとにかく走った。
途中何度も足がもつれ、転び、腕や膝をしたたかに地面に打ちつけたが、そんなもの、自分が恩人に与えた仕打ちに比べれば、取るに足りないものだ。
何度も起き上がり、なり振り構わずに走り続けた。
走って走って、訳もわからないくらい走って・・・
気がつけば太陽は沈み、空には星が瞬き始めた。
夜になり、冷え切った足は思うように動かなくなり、
地面の様子も見えなくなった。
そして、踏み出した足先が何かに囚われ躓き転んだのを切っ掛けに、
冷たい草の感触を頬に感じながら、
少女の視界はゆっくりと静かに暗転した。
続く