ショートショート003『みどりのきみ』
「これは赤だろ?」
「ちがぁうー。シュイロだよー」
「しゅ、しゅいろ?」
「そうよー。じゃあ、こっちはぁ?」
「青……?」
「ソライロだよー。もー、パパ、全然わかってなーい」
食卓に並ぶマグカップを指さしながら、娘が頬をふくらます。
5歳児は朝からすこぶる元気で羨ましい。
「パパ、目玉焼きの目玉は何色?」
オレは「エッ!?」と詰まる。
黄色じゃないのか?
でも今までみたいに普通に答えたら、「ちがぁうー」と小さな歯をむき出して怒られるだろうから……えーと。
「……目玉色?」
「キミイロだよ!」
舌足らずな娘に今日イチ最速のツッコミを入れられたと思ったら、トースターの前で妻がブハッと吹き出した。
くの字になって、涙まで流している。
なんだよ、お前まで。本当に、笑いの沸点が低い妻だよ。
妻に怒るか、娘のさらなる色彩検定を受けるかで迷っていると、舌足らずな声がこう言った。
「パパ、だいじょうぶよ。もともと男の人はね、女の人よりハンベツできるイロがすくないんだって」
口の周りをキミイロで“くわんくわん”にした5歳児が、ものすごく真剣な眼差しでこちらを見つめていた。
オレはひょいと娘を持ち上げて、膝に乗せる。
「いいんだよ。パパは“ 青葉(あおば)”と書いて何色って読むかがわかればさ」
娘がオレの顔を見上げる。きょとんとしていた丸い目が、ニヤリとゆがんで、イヒヒと笑った。
「なんて読むの、パパ?」
オレは眉を上げて、自慢げに答えた。
「みどり」
「わたしのなまえね!」
<了>
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