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ショートショート010『 寿離干支(ジュリエット)釣り』

「じゅりえと?」
 殿の眉毛がぐにゃりとひしゃげた。
「は。なんでも、巷で騒がれている女盗賊だそうで。良きことが離れた干支の年に現れるので、じゅりえとと民たちは呼んでおります」
 老中・昌永は、畳に置いた両の拳に力を込めた。
「ふん。儂も長いこと生きておるが、そんな者、聞いたこともないわ。女の盗人なんかすぐに捕まろう。町奉行にでも任せておけ」
「ーーは」
 昌永は、それ以上は何も言わず、引き下がった。

「空飛ぶ浮きだってぇ?」
 庄三郎が素っ頓狂な声を上げた。
「おうよ。隣の長屋の吉次が見たってよ。ぷーかぷーか浮かぶ海の浮きみたいなのに捕まって飛んでくらしいぞ」
「しかも、絶世の美女だとよ。拝んでみてえなあ……」
「奪った金品は、貧乏長屋に人知れず置いていくそうだ」
「石川五右衛門かよ! ますます会いてえじゃねぇか」
 長屋の住人たちは、口々に噂しあった。 

「てぇへんだ! お城に寿離干支が出たぞー!!」
「お城の財宝を奪って、浮き玉で逃げたらしいぞー」
「おい、釣り道具だ! 釣り道具持って、城へ行くぞ」
 ガタガタと家中を鳴らして、釣具を探す長屋の男たち。
「何してんだい、あんたたち! 家ん中が散らかるじゃないか!」
 女衆たちがガッチリした歯をむき出して怒っている。
「うるせえ! これで寿離干支を捕まえて、奉行所に突き出せば、お城のお宝をもらえるかもしれねぇだろ」
「俺ぁ、釣って捕まえて、絶世の美女を嫁にすんだ」
 ある者は竹の釣竿をありったけつかんで、ある者は投網まで持って、お城へ全力疾走して行った。
「それ行けー! 寿離干支釣りだー!!」

< 了 >
(文字数をだいぶオーバーしてしまいました)



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