1. Dream & Despair/夢と絶望

夢について考えてみる。

夢というものを考える時、
その反対の言葉...
つまり、 夢でいえば絶望も一緒に考えなければならないと思う。

いつも、夢と絶望は密接に関わっている。

すべての物事には表と裏があり、
夢の本当の意味を知る事は、
その裏である絶望の本当の意味を知る事でもある。

「絶望」...全く望みのない事。

醜いものから目をそらす―――。
まるで、この世の中に醜いものがないかのように...。 
そんな事、もうやめよう。そして、絶望と向き合う。
絶望抜きの夢なんて、きっとそんなの嘘だから。

たしかに、誰ひとりとして、絶望を求めてはいない。
しかし、絶望はやってくるのだから。

絶望のふちに立たされた時、自分を見失った。

とにかくすべてが嫌になった。
人間として生きている事が。これからの人生が。
なぜ自分は生きているのか。
なぜ人間が存在しているのか。
そして、たくさんの疑問にぶちあたる。

けれど、積み重なる疑問の答えを出せずに...。
もう、何もかも、どうでもいい!
未来とか、すべての可能性を、否定していた。

暗闇の中ひたすら無意味なもがきを繰り返していた。
やがて、絶望が当たり前になり、
絶望を抱きしめていた...。

本当に、それでいいはずがない。
それは、一番自分がわかっていた。
だが、成す術がないのだ―――。

この向こうに、自分を絶望のふちに立たせたものがある...。
やみくもに、そう自分を納得させる。
そして、知らず知らず、自分の心に壁をつくっていた。

思い込みの、拒絶―――。

しかし、ただそう思い込んでいただけで、
その原因は壁の中にあった。

絶望とは、心にある壁によって生み出されたもの。
また、この壁は光をさえぎる壁であるという事...。
ためらいながら、この壁を自分の手で壊した時に気づいた。

他の誰かによって・何かによってもたらされるのではなく、 

結局、自分で自分を苦しめ、 
そして深みにはまっていく事が絶望...。
本当は、結果的に自分で勝手に思い込む。
ただそれだけの事なのかもしれない。

絶望から立ち直るには、どうすればいい?

もし、そんな方法があるならば、 
もう、この世の中に「絶望」というものが、
存在してはいないだろう。

絶望の時は、その事をいつも考えている。
考えて、考えるから、悩んで、苦しんで...。
しかし、絶望というのはある日突然、忘れられるもの。
それは、たとえば雨がやむときのように―――。

では、絶望から立ち直る方法というものは無いというのか。
たとえば、病気の時に利用する「薬」というものも、
厳密に言えば本当に病気を「治す」わけではなく、
人間が本来持っている力を「補助」しているのにすぎない。
絶望のための薬と考えていくと、
たとえば、周りの人の何気ない言葉、
すばらしい芸術作品との出会い、
何もかもを忘れさせる知らない世界...色々あるよ。

いつでも光は、すぐそこにあった―――。

絶望のふちに立たされた時や、
人生におけるたくさんの戦い。あるいは、迷い・選択。
それらを、どのように受け止めるか。
これですべてが決まってしまう。

良い方向に進むためには、何ができるのか。
何もできないわけではないだろう?
何かできる事があるはず...。

このままでは駄目と思った事があった―――。
つまずいた時、思い出してほしい。
夢は、絶望の中にあるという事を。 
いざ絶望のふちに立たされてみると、
夢をみる心のゆとりがない事が多いから。

このままでも良いと思った事もあった―――。
うまくいっている時にも、思い出してほしい。 
絶望は、夢の中にあるという事を。
絶望のふちに立たされた時の事を、
忘れかけた時に、また絶望する事が多いから。

絶望のふちに立たされた時こそ、
夢見る心を大切にしたい。
絶望でなくてもあの時の事はもう忘れない。

夢と絶望の狭間で、もがいている人達。
夢と絶望の狭間で、もがくのもやめた人達。

多くの人が、絶望ではないといっても、
「幸せ」を手にしたというわけではない。

絶望しているわけではない人を襲う「無気力感」
 別に何も変わらないと言う人もいる。
どうでもいい。...投げ出された、未来。
そして、夢が減ってきた―――。

絶望を自分のものにする事も、大切じゃないか。

この絶望だって、
抱きしめて生きていけるかもしれない。
それは、もっと夢に生きるために...。

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