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僕の名前は


僕の名前は、ぺんのすけ。

いつもは“ぺんちゃん”とか“ぺんの”って飼い主には呼ばれてる。

うっすらお気付きかもしれないが、僕はぺんぎんのぬいぐるみである。大きさとボリュームはまぁまぁかな、ギュってされるのにちょうどいい大きさみたい。

色は黒、白、灰色とモノクローム。クールな色使いで、僕は割合気に入っている。

僕の飼い主は、いつも可愛いとか大好きとか言って可愛がってくれる。そのくせ、背中で潰してきたり、一緒に寝てる時にベッドから落とされたりもする。見た目の割には結構苦労しているのだ。


今日は、僕が飼い主に連れて帰られた日のことを話そう。

その頃僕は、水族館のお土産屋さんで沢山の同類たちとひしめき合っていた。そこもまあまあ好きだった。色んなヤツがいたし、本物の魚が泳いでる水槽もあって面白かった。カニが居た時は仲間と一緒にはしゃいだものだ。買ってもらうものを吟味してる小さな人間は、少し怖かったけどな…

まあそんなこんなで、いつもと同じようにその日も並んでいたわけだ。平日の午前中は大体ヒマで、お客さんも少ない。買われない。楽勝だ。


すると、スーッと髪の長い女の人がやってきた。ひとりだった。大体あれくらいの歳の女は、カップルでデートに来るのが定番なので、珍しいなと思い。僕は観察を始めた。

その人はグレーの服を着ていて、足も黒い靴を履いていたから、多分近い種族だなと僕は勘付いた。

その人は僕から見ても、元気がなさそうだった。顔は青白いし、目の下にはクマがいたし、細くてなんとなくふらふらしているように見える。僕はそこで楽しくなさそうな人を、生まれて初めて見た。どうしたんだろう。

うーん、そわそわするぞ。これが心配ってやつか。

その人は、ゆっくりと歩いていたが、僕らの前でピタと足を止めた。気づかれたと思ったが、どうやらそうではないらしい。ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、いや待てよ、やはり近い種族だからまさか僕らを連れて帰る気では?!

その予感はまさに的中した。その人は僕らの姿を見比べ始めた。どうやらルックスを選んでいるらしい。そして何だか僕のことをじーっと見つめ出した。そして伸びてくる手…!!!

(いやだ!はなせっ!僕はまだここにいたいぞ!)

実際に声も出ないし動けないけれど、僕は心の中てま必死に暴れた。新しい場所が怖かった。今となっては恥ずかしい限りだが、一応僕も生まれて間もなかったものでね。

一方、彼女にはそんなこと全く伝わっていない。両手で僕を抱き、まだそのまま僕を見つめている。そして


(君は、ずーっと私と一緒にいてくれる?)


と、その人が心の中でぽつりと言うのが聞こえてきた。僕は声が聞こえたことと、あまりにも悲しそうなその声にびっくりした。泣いてるように震えていた。きっと心の中で泣いてるんだ。

僕はスッと冷静になった。彼女こそ僕を本当に必要としてくれている人間だ、と瞬時に理解したのである。僕も腹を決めた。


(わかった。一緒にいるさ。)


するとどうだろう、ふわっと彼女が笑った。僕の声が聞こえたのかな?そんなわけないんだけれど。ようやく笑った。その時の嬉しさは、今でも忘れない。僕が君を助けるよ。



その日から、僕らはずっと一緒に暮らしている。彼女は色んな話をしてくれる。僕は動けないけれど、色んな話を聞けて楽しいし、役に立っているかなとも思う。ふかふかのベッドも悪くないぞ。

彼女は僕の前だとよく泣くんだけど、そういう時こそ僕の出番だ。そんな日は思う存分にぎゅっとさせてあげる。

いつか僕はぼろぼろになるだろう。それはぬいぐるみの運命として、ちゃんと受け止めている。それでもいい。僕は彼女に幸せになってほしい。そしてここだけの話、幸せになっても、僕がぼろぼろになっても、ずっと一緒てもらえたらなと思っている。



僕の名前は、ぺんのすけ。

僕は君のヒーローだ。


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