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僕の名前は

僕の名前は、ぺんのすけ。 いつもは“ぺんちゃん”とか“ぺんの”って飼い主には呼ばれてる。 うっすらお気付きかもしれないが、僕はぺんぎんのぬいぐるみである。大きさとボリュームはまぁまぁかな、ギュってされるのにちょうどいい大きさみたい。 色は黒、白、灰色とモノクローム。クールな色使いで、僕は割合気に入っている。 僕の飼い主は、いつも可愛いとか大好きとか言って可愛がってくれる。そのくせ、背中で潰してきたり、一緒に寝てる時にベッドから落とされたりもする。見た目の割には結構苦労

    • 淡い色の風が吹き、静かな心地よい声が私の耳を伝った。 『来年も一緒に見に来ようね。』 ひらひらと舞う桜の中でそう言って穏やかに笑った彼の横顔は、今まで見たどんなものよりも綺麗だった。私は適当に相槌を打ちながら、その美しい映像を必死に瞼の裏に焼き付けていた。 『来年だけじゃなくて、再来年も、その先も何年も、僕らがおじいちゃんになっても、ずっと』 そして見つめ合って柔らかく笑い合う。 嗚呼、私も春の淡くて白い陽射しに溶けてしまいそうだ。どうしようもなく温かく愛おしい。

      • 遠雷

        唐突だが、私は雷が苦手だ。 もともとびっくりすることや物音に敏感で、苦手ということもある。 雷に関しては、小学生の頃一度実家に堕ちたことがあるのも大きい。幸い、火災にはならなかったけれど被害は甚大であった。落雷は鬼瓦に直撃したため一部瓦が飛び散り雨漏り、エアコン、コンロ、電話、インターホン、テレビ、ありとあらゆる家電が壊れた。特にエアコンは、夏真っ盛りの時期に使えなくて困った。気分だけでも涼しく、とドライアイスを仰いでいた。 そんなわけで、雷が苦手なはずだった。 大学

        • 嘘つき

          『いつどんな時に出逢ったとしても、僕は君のことを絶対に好きになったよ』 本当なのか嘘なのか、真偽がわかることはない。 今聞くとあまりにも浅はかで白々しくて滑稽だ。 けれど少しだけこれは本当のことなのではないかと思っているのは、私の中の秘密だ。結果として別れることになったけれど。 私は彼に、多分たくさんの嘘をつかれていた。 全部ちゃんと気づいていたし、だから何も知らないふりをしていた。いや、全部に気づけていたのかはわかりかねる。 私は待っていたのだ。 彼の口から伝

          ハイヒール

          コツコツ コツコツ ヒールで歩く音が地下道で反響している 私がここに居る証を主張する音だ コツコツ コツコツ 生きるために 私は今日も武装して歩いていく 点滅する街は宇宙と同じ 私たちを包む コツコツ コツコツ 『所詮、世界は弱肉強食だ。強いやつは生き残るし弱いやつは死ぬ。シンプルだ。』 『そういう世界を僕は美しいと感じる。』 コツコツ コツコツ 自重気味に笑う君を守るため 私は強くなる コツコッ、 ガクンッ 「あ、っ」 この世は弱肉強食だ 終わ

          ハイヒール

          手紙

          xxxxxxxx様 普段は言えないけど、こうしてこっそりと手紙でなら伝えられるかなと思って筆を取りました。君がこの手紙を読むことは、到底ありえないことでしょうが。 君は寒いのがとても苦手だったけれど、今年の冬は体調を崩してないでしょうか?この間ようやく雪が降りましたね。君が生まれた日は初雪だったと、苦々しげに君が話してくれたのを思い出しました。 君が最初、どういうつもりで私なんかを認知してお話ししてくれるようになったのか、今でも君にまつわる謎のひとつです。けれど、どんな

          あの日も雨だった。 冬の深夜だった。 夏の夕方だった。 秋の明け方前だった。 春の昼下がりだった。 あの日もあの日も、傘をささずに一人で歩いた。雪の日もあった。道行く人影もなくて、たまに通る車が私を照らした。雨なのか涙なのか自分でもわからないまま濡れていた。 たまに地面に蹲って声を出して泣いた。食い込む爪、コンクリートを殴って、塀に頭を打ち付けて、そんなことでは紛れることなんてなくて心の方がよっぽど痛かった。胸が心が痛すぎて呼吸ができなくて、倒れ込んで。雨が傷にしみる。

          朝と夜の間 私は今日もひとり、煙を吐いた。 眠れない日は大抵この場所か公園で、ひっそり煙草を吸っている。 見上げるとたくさんの窓、薄暗い灯が点々と見える。 暗闇ではどんなにほのかな光でも感じることができる。 暗闇にいる時の方が幸福に敏感でいられることと同じ。 灯が紫煙で曇る。 すべてをそのまま受け取ることは危険だと知っている。 その時には真実だとしても、その瞬間にしか意味を持たないのならもう存在しないのと同義。 そんなのもう真実なんて呼べない。 羅列する過

          10月の記憶

          気付いたら10月も半ばを過ぎていた。 1番幸せだった時も死にそうだった時も、たまたま10月だった。1番好きだった彼に2年間片想いし、晴れて付き合うことができたのも10月。そしてその2年後、振られてしまい世界が崩れ去ったのも10月であった。 もう5年以上も前のことになるが、10月になると身体と心の記憶が知らない間にざわついて、何だかんだ情緒不安定になってしまっている。 高校1年生の時だ。 学校の廊下を歩いていると、自分の教室から信じられないくらい美しい音のスケルツォが聴

          10月の記憶