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北海道旅行の続編日記です。
前編はこちら。




札幌場外市場をあとにし定山渓へ向かう。
中心地である札幌市から1時間もせずに到着し、街からすぐの場所に大自然があるということに魅せられる。山の中に透明度100%の川が流れ涼しい風が吹いていた。
しかしいくら北海道と言えど日中はまだ気温が高く、長く散策しているとじわりと汗が滲んできた。
見つけた足湯で疲れを取ることにする。
10分もしない内に身体の芯から温まり足のほぐしと引き換えに滝汗を誘引してしまった。
一度流れ始めた汗が落ち着く気配はなく、川に足をつけることを思いつく。
峡谷を流れる川の水はひんやりと冷たい。徐々にその温度に慣れていき、汗が引くまでしばらく浸かっていた。

目の前を綺麗なブルーのトンボが通り過ぎていく。
青といえば。自然界に青いバラは存在しない。バラに青色の色素は含まれず、青いバラは不可能の代名詞でもある。それが日本の研究者たちの努力で遺伝子組み換えに成功し、ついに花言葉が「夢かなう」に変わったというのは有名だけれど。なんともロマンチック。
そのせいか、自然界で青色を見つけると珍種なのではないかと期待してしまう癖がある。
検索の結果、期待はあっけなく裏切られ私が見つけたのはシオカラトンボという全国に生息する日本で最も親しまれているトンボの1種だと分かった。


本当はそこでしばらく本でも読んでいたいくらいだったけれど、次の目的地へ向かう為涼むのは程々にして足についた水滴を拭った。


定山渓温泉街からさらに北上し小樽を目指す。
1時間ほど車を走らせ目的地に着いた。
レンガ造りの建物が立ち並び、街全体が異国情緒に溢れている。駐車場に停車している車のナンバーはレンタカーを示すものがほとんどで、人気の観光地であることを窺わせた。
小樽だけで一日を過ごせるほど充実した街なのだけれど、予定している所要時間はあまり長くないのでとりあえず当初の目的を果たす。クルーズ船のチケットを購入し、乗船時間が来るまで小樽を散策することに決めた。

少し小腹が空いていたので、近くの路面店でじゃがバターを購入する。
お土産にスナック菓子のじゃがポックルを購入し大好評を頂いたのだけれど、北海道のじゃがいもは本当に甘くておいしい。溶けたバターと絡まりあい最後の一口まで飽きることは無かった。
諸外国ではイモが主食として使用されているけれど、このじゃがいもなら毎日食べてもいいかもなと思えた。


その次にLの字型カウンター6席ほどの小さな店に入り、表の看板で見た道産豚のスペアリブを注文した。ひとつ頼んでシェアする予定でいたが、お店のご厚意でもうひとつおまけしてくれた。
博愛精神に胸を打たれる。廃棄寸前だったのだろうか、でなければ理解が追いつかない。純粋に受け取ればいいのに人の裏を読んでしまう癖を辞めたい。


クルーズ船出航の時間が近づいて来たので店をあとにし、乗り場へと向かった。
日の入り前の夕暮れの時間。チケットは完売だったらしい。
腰に巻き付けるタイプのライフジャケットを手渡され、使い方の説明を受ける。過去一度も使用されたことは無いので安心してくださいとの事だったけれど、念の為一言一句頭に入れた。



ボートに乗ると後ろからガイドのお姉さんの声がして、出発の合図が流れる。
進行と共に小樽の歴史をガイドしてくれた。
今では北海道の中心は札幌であるけれど、昔は海から沢山の人間が出入りし小樽が1番の中心地であったこと。都市開発の為小樽運河を埋め立てて無くそうとする市と小樽の歴史を尊重し猛反対する市民とで10年間も揉めていたこと、運河の幅を狭くするという両者の妥協点を見つけ今日でも存続するに至ったこと。
今は少なくなったけれど、港には運ばれてきた貨物を保存する倉庫が立ち並び、少しでも海からの運搬を楽にするためにこの運河が造られたこと。

そしてその歴史をなぞるように、クルーズ船の進路は運河から海へと続いた。海へとつづく海路を通る際、傍らにアオサギが佇んでいた。
アオサギは縁起のいい鳥らしい。やはり自然で見かける青色は希少なのだ。
宮崎駿監督の最新作「君たちはどう生きるか」のポスターにもアオサギが使用され、映画内では不気味な役を担っていたが実物のアオサギはミステリアスな雰囲気を纏いながらも優雅な振る舞いをしている上品な鳥だった。


すっかり日が落ちてきた夕焼けを背景に、海上から小樽の街を望む。
赤、オレンジ、薄紫色の空のグラデーションはすっかり秋に染められていた。
夏よりもずいぶん物寂しさの増す夕暮れ。海風に吹かれながら黄昏た。

運河クルーズが終盤に差し掛かる頃、日は沈み暗闇の中を照らす街灯の明かりが水面に反射して幻想的な光景が浮かんでいた。
最も有名な小樽運河の風景だとアナウンスされた際には艇のあちこちからシャッター音が続き私もそれに習う。

大変満足度の高い船の旅であった。
洞窟へと向かうクルーズ船もあるらしく、もしまた小樽を訪れた際には是非利用したいと思った。


小樽から最終目的地のトマムを目指す。
スペアリブをご馳走になったお店の店員さんも、宿泊先はトマムだと話すと驚きを隠せずにいた。
180km、高速道路を使用し2時間半弱掛かる。
一日中動き続けた体で運転席に座るのは少し抵抗があったけれど、一刻も早くベッドに辿り着きたい気持ちが私のねじを回してくれた。



高速道路の入口でフロントガラスに雨水が滴り始める。船に乗っている間に降らなくて良かったと思う反面、視界の悪さに体が強ばった。
北海道は全てが大きく一般道も広い場所が多いのに何故か高速道路は驚くほど狭かった。
広大な土地に道を繋げることを最優先したからなのか、片側一車線が続く。
山に囲まれた一帯では車のヘッドライトだけが頼りだった。道の先には暗闇が続き、篠突く雨の中モザイクのかかるガラス越しで外を見る不明瞭さに冷や汗をかいた。
投げ出すことなどできず、涙の代わりに身体中の水分が汗となって排出される。
事故を起こさなかったのが奇跡のように思う。
1時間半ほど走った後、パーキングエリアに入ると全身の筋肉を緩め脱力した。
ハンドルには手汗がべっとり付いており、ハンドルそのものが汗をかいているような様相だった。


本当はぶっ通しで運転しようかとも考えていたけれど、母に「観光バスの運転手さんも2時間に1度は休憩するからね、プロも休むんだよ」と言われ大人しく車を停めた。
こちらのプライドを傷つけることなく休憩を促してくれる思いやりが有り難かった。
暫く停車し、道の駅で買ったミニトマトやぶどうで糖分を補給した。

再び車を走らせてすぐ雨は落ち着き、雨雲の下を抜けたことに安堵した。
それでも明かりのない暗闇には変わらず、ホテルに到着し人の声を聞いたときには感極まって涙が溢れそうだった。
木々に囲まれた森の中に凛とそびえ立つタワーこそ、この日宿泊予定の星野リゾートである。


チェックインを済ませ、すぐにでも部屋に向かいたかったけれど敷地内の温泉施設へ向かう最終バスが間もなく到着すると伝えられる。
星野リゾートトマムの占有面積は5000haで、東京ディズニーランド100個分相当らしい。
施設ごとに距離があり送迎バスに乗らなければ温泉に浸かることができない。
仕方なくふかふかのベッドは後回しにし、バスに飛び乗った。


全身の疲れを洗い流したあと、夜風に吹かれて露天風呂に浸かる。どこかで覚えたリンパの流れを刺激しながら、滞った凝りをほぐし血を巡らす。
目の前には木々が茂り、ホグワーツの敷地内にある禁じられた森を連想させた。ディメンターでも出没しそうな雰囲気があり、気持ち早めに湯から上がったのだった。


体温の急上昇による睡魔に誘われるまま、柔らかい布団に潜り眠りに落ちた。





最終日へとつづく。



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