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よりどころ




海が見たくなったので奄美大島へ行った。
i love youを月が綺麗だと訳す漱石のように、辛いと言えない代わりに私は海が見たいと言う。直接的には言えない感情って沢山ある。

波打ち際で足元を湿らしながら、揺らぐ水面を見つめていたい。どこまでも続く地平線、あの先には何があるだろうと考えながらも揺るぎない安心感に包まれる砂浜。あのにおいが好きで砂浜の甘い香りがするキャンドルを持っている。
辿り着けない場所があると知るとたちまち不安定になってしまう日々とは違う。
日々が不確かなのは、これまで積み上げてきたものが歪か何も無いかのどちらかに違いないので自業自得なのだけれど、では一体なにを重ねれば私は強くなれるだろう。
明日を語りながら昨日を見ている私はいつまでも空っぽ。


奄美大島には立神たちがみという大きな岩々が島を取り囲むように鎮座している。
神様が舞い降りてくる際の目印になっており、島を外敵から守る番の役割も担っている、という言い伝えがある。


私が赴いた節田立神せったたちがみもそのひとつで、言葉では言い表せぬ神秘的で厳かな力を感じ取れる。知る人ぞ知るパワースポットなのだ。
引き潮時には立神のすぐ側まで近づき触れることが出来る。神聖な岩なので礼でもすべきところ、嬉しさのあまり(いぇーい)と舞い上がりながら表面を手のひらでぺちぺち叩いてしまった。パワーを享受するどころか罰でも当たりそうだなと帰りの車中で猛省していたが、フロントガラス越しの空に虹が掛かっていたのでまるで神に歓迎され受け入れられたようだった。

サッカー日本代表の森保監督が試合前に奥様と共に訪れていたという目撃情報を島民から聞いた。
朝日が綺麗に見える場所を尋ねたところ、この場所を教えてくれた上に地元民のみが知る近道の地図まで書いてくれたのだった。さすがにその地図は公開できないけれど、パワーを少しでも共有したい。




その親切な島民の方はもうひとつおすすめの場所を教えてくださった。立神と同じくらい神秘的な場所。
その名を嘉徳かとく海岸という。

日本中の多くの沿岸部は砂丘を破壊し、コンクリート防波堤が造られている。
嘉徳海岸ではそれらが施されておらず、人の手が一切介入していない自然のままの河口、自然のままの砂浜を観察することが出来るのだ。
海からの波や山からの渓流によって砂浜は姿かたちを自然のままに変える。
地球が生きていることを強く感じられる場所だった。

しかし防波堤がないということは台風などで集落が浸食される恐れがあり、実際に過去被害を受けている。建設計画を立てた県と、その計画に疑惑の目を向け反対する一部の地元民とで揉めているらしい。
今は中断しているが、裁判の結果は県の味方をするもので、いつ再開されてもおかしくはない状態なのだという。
太古からの自然を感じられるのは残りわずかかもしれず、今のうちに見ておいて損は無いと教えてくれたのだった。


山から海へと流れる渓流
自然なままの河口付近と海との合流点
手前が川で奥が海
自然なままに姿を変える砂浜


人工物のない手つかずの砂浜、その背後に集落があるという同じような環境は日本にはここしか残されていないらしい。
生きた化石と言われるオサガメが上陸した記録もある。
奄美大島の川はどこも川底が見えるほど透き通っているが、嘉徳の川は一段と澄んでみえた。
絶滅危惧種のリュウキュウアユを確認できた。
かつて沖縄と奄美大島に生息したこのアユは、今はもう奄美でしか見られない。
砂浜と渓流一帯を散策しているとオキナワカラスアゲハという蝶が舞っているのを見かけたが、こちらも奄美以南にしか生息しない。
全体的に黒色をしているが、青く輝く美しい蝶。

自然との共存をひしひしと感じられる大変心揺さぶられる場所だった。
集落へと続く道の途中に、「帰ってください!」「やめてください!」という太字の看板が多く立てられており怯んだが、これは建設工事へとやってきた県に対する威嚇であった。
親切に一般用の無料駐車場や簡易トイレやシャワーもあり、受け入れ体制が整っていた。
自販機はあるがコンビニや売店はなく、食料を何も調達して来なかったため空腹で倒れるかと思った。


奄美大島に3日間滞在し、朝も昼も夜も一日中海を見て過ごした。
朝日が海を照らし世界を明るく染めていく様子に心奪われ、昼には波の音に耳をすませたり海に潜り魚の群れと戯れた。夜には砂浜で星空を眺めて過ごした。

何かの手違いで陸に生まれてきたのではと疑ってしまうほど、海が恋しい。
帰ってきてからずっと虚無感に苦しんでいる。
奄美の海には麻薬と同じ効果があるのかもしれないなと思う。
今いるべき場所はここでは無いのだから当然だと言い聞かせなければ、苦しさを受け入れられない。







おわり





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