意識の測定、測定とプラセボ効果
プラセボ効果研究の文脈にベイズ推定を組み込むのが最近のトレンドで、そこでは何かしらの「脳内にある事前確率分布」が説明のため恣意的に仮定されます。
勝手に仮定する理由は明らかで、脳内に保持されているらしき事前確率分布を直接知る術がないため。もしこの事前確率分布を直接測定できたら、プラセボ効果研究はさらなる飛躍を遂げるでしょう。
しかし、その道のりは困難を極めるはず。なぜなら現在の脳科学は「意識のあり・なしを判定する」という根本的な問題に関して、ようやく解決への糸口を見出した程度の段階にあるからです。もちろん着実な進歩の先に希望を見出すこともできますし、現状をきちんと把握しておくに越したことはないはず。
今回は意識判定問題への取り組みから生まれた「統合情報理論」(の一般向け解説書)を紹介します。
『意識はいつ生まれるのか』
本noteは下記書籍に触発されて書かれました。
優れた一般向け科学書なので、未読であれば読んで損はありません。
神経細胞(ニューロン)の塊である脳が意識を有すること。しかし特にニューロンの数が膨大な小脳と呼ばれる部分は、物理的に破壊されても意識が残ること。小脳よりも明らかにニューロンの数が少ない他の部分が破壊されると意識が乱れ・消失する場合があること、などなど。意識に関する観察事実をどうすれば整合的に説明できるのか。
また植物状態で外部との交信を制限された人について意識の有無を判定する方法など、臨床的に重要な課題に対してどのような解決方法が提示できるのか。
測定という技
意識の問題に取り組む方法として凡そ全ての科学理論が提案するであろうことを大雑把に表現するならば、こんな風になるでしょうか。
意識のあり・なしという二値的な問題を、グラデーションを考慮した程度の問題と捉えよう。
「意識がある」を直接定義し、その定義に合致することをもって意識の有無を判定するのではなく、何か別の性質を捉える。その性質には、ある状態と別の状態が「同じか異なるか」だけでなく、「同じか異なるか」に加えて「異なる場合にはどのように・どれだけ異なるか」を判定できるという特徴があるものを選択する。
回りくどい言い方になりましたが、要するに「測定できる」という特徴を持った性質をうまく捉えようというわけです。
「統合情報理論」においても上記の発想が採用され、その性質はΦ(ファイ)と表現されています。他の意識理論(について知っていることはほとんどありませんが…)より「統合情報理論」が優れている点は、どんな性質を測定対象とするのかという部分に、極めて論理整合的な説明がなされていることです。詳細は『意識はいつ生まれるのか』をご参照ください。
「同じものを複数揃えられる」という性質
「意識を測定できるなんてすごいじゃん!じゃあさ、上手に測定さえできれば何でも科学になる?」
うーん…何となくなくなりそうだなとも思われます。が、これは結構重大で、根本的であるがゆえに敢えて深く考えるまでもなく見過ごしがちながら、「ではなぜそうなのか?」と問われると説明が難しい問題のように思われます。
ただ、もし根本的で説明に困るような問いに出会ったなら、いつでも試してみたい普遍的な解決手段があります。それは、公理から考えてみることです。
公理(こうり)とは議論の前提となる命題で…と難しく考えるのはよして、その体系におけるルールくらいに考えておきましょう。実は『意識は一生まれるのか』が優れた科学書である理由の一つは、この公理的発想を有効に活用しているからです。
さて測定と科学の関係性を考える上で大事なことは、科学のルールって何だっけ?と改めて問いなおしてみることです。
科学と測定を考える上で重要なあるルール。それは、科学で取り扱えるのは「同じものを複数揃えられる」という性質のもつ物事に限定するというルールです。科学は再現性を重視する学問であり、再現性とは読んで字のごとく状況が再現可能であるというわけですが、再現可能であるという縛りから必然的に「同じものを複数揃えられる」性質をもつ物事に取り扱いが限られてしまいます。
そして「測定できる」という性質は、「同じ(測定値の)ものを複数揃える」という同じさの基準を提供することでもって科学を科学たらしめてくれる嬉しい性質です。
プラセボ効果研究への期待
例えばもし、「痛みに対する事前確率分布」を直接測定する方法があったなら。もし薬理作用に依らず確率分布を変動させる効果的な方法を発見できたなら。
もし患者と治療者の関係性を測定できたなら。
Patient-Clinician Brain Response During Clinical Encounter and Pain Treatment
https://ieeexplore.ieee.org/abstract/document/9175608
プラセボ効果研究をより科学らしくするための方法論を求めて、世界中で研究が進められています。
拙著『僕は偽薬を売ることにした』でもこうした測定への思いから「複素効理論」を提案しています。実際には修正が必要でしょうが、興味がある方には参考になるかと。
プラセボ効果研究は医学研究においてフロンティアを形成し、非常に大きな関心と期待を寄せられています。関連研究の論文が下記例のようなトップクラスのジャーナルに掲載されるようになったことからも、その拡がり・深まりが推察できるでしょうし、さらなる参加者を呼び込むでしょう。
(英文科学サイトでの紹介記事多数。日本語での紹介記事もあります)
さらなる展開に期待したい。
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