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91 人の一生

 人の一生が機械に置き換えられてから、人の一生は人の一生が置き換えられた機械を観察することに費やされた。そうして人は、人の一生がいかなるものかを一生掛けて学んだ。

 次には当然、人の一生が置き換えられた機械を観察することが機械に置き換えられた。これにより人の一生は、人の一生が置き換えられた機械を観察する機械を観察することに費やされた。そうして人は、人の一生を観察することを観察することがいかなるものかを一生掛けて学んだ。

 次には当然、人の一生が置き換えられた機械を観察する機械を観察することが機械に置き換えられた。こうして人は人の一生から限りなく遠ざかり、手足は退化し、身体は縮み、やがて脳になり、眼球になり、幽霊になった。

 幽霊になった人々は失われた眼でものを見、失われた脳でものを考えた。

 失われた色を塗り、失われた輪郭をなぞり、そして失われた世界をまた一から作り直した。

 作り直された世界で人々は鍬を振るい、斧を振るい、剣を振るい、ふたたび一生を作り直していった。

 やがて世界が出来上がり、それが作り直されたものであるということさえ忘れられたころ、ふたたび人の一生は機械に置き換えられた。

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