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短編小説:陰に恋い恋う

 逢瀬は日付が変わりそうな頃、明かりをつけない寝室。ベッドと壁の間、部屋のすみ、足を伸ばして座り込めるくらいのスペース。ぼんやりと明る白壁に背中を預けて両手両足を投げ出す。はあ、と重めの息を吐いて目を閉じれば、ふわりと後ろから抱き締めてくれる。
 きょうはなににきずついたの、と囁きながら彼女が、抱き締めてくれる。
 たぶん彼女の腕があるあたりに、持ち上げた右手で触れてみる。なにかあるようなないような、温かいような冷たいような、感触はないけど感覚はある。俺も抱き締めたいな、と前に言ったら、できるものならどうぞ、と笑われた。
 ねえ、なににきずついたの、とまた声がする。俺の肩におそらく、あごを預けて唇を尖らせているだろうから、頬を刷り寄せてみる。さっきの手と同じ、感触はないけど感覚はある。
 きずついたわけじゃないの、と彼女が言う。きずついたよ、とやっと答える。頭を撫でられる心地。しばらく浸ってから、俺は目を開けて壁から離れる。
 ありがと、元気出た、と言えば、それはよかった、と笑った。暗がりの中、影で輪郭を保つように、文字通り闇がかたちづくる彼女。その唇の辺りに、唇をあててみる。感覚だけのキス。確かにいるのに、暗闇でも見えるのに、触れたいのに。
 きみはほんとうにかわってるよね、と彼女がわらった。げんきになったみたいでよかったよ、とますます笑った。あんまり切なくて、彼女がいるあたりをぎゅうと抱き締める。感触がないから、俺は俺を抱き締めてしまう。辛くて目を閉じる。
 あはは、むりだよ、と彼女の声が腕の中でする。頭を撫でてくれている。悲しいから俺は、目を開けない。けれど虚しいから、腕はほどく。止めていた息も。
 ここにいるよ、と慰める彼女の声が響く。ずっといて、と返す。ずっといるよ、と躊躇いなく言う。
 壁に背中を預けて目を閉じる。彼女に抱き締めてもらえる。きみのかわりにわたしがさわるよ、と慰められる。ばかだな、そんなの代わりになんかならないのに、俺が、さわりたいのに。なんて、言わない。
 彼女に救われながら生きてる。彼女無しなら生きる気がない。でも苦しい。悲しい。寂しい。さびしい。
 
 
 
 

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