現代4コマオールスター展前夜
※この記事は途中まで無料で読めます。読めるところまで読まないと訳が分からないと思うので、是非読み通してください。
1日目
東京駅に着き、ホテルに荷物を預け、気付くと目の前にはカラフルな建物があった。その威容は写真で見て想像していたよりもまとまった印象を受けた。
ドアを開けて中に入ると作業途中の面々がいた。自己紹介もなく、私は手伝い始める。
白い壁面を様々なコマ達が埋めていく。徐々に作品展の体を成していく。
出来上がった時には、壁一面が光を放っていた。
すごく不思議な感触があった。
まるで夢でも見ているような…………
開場してからはぽつぽつと人が現れては作品を見回し、やがて外へと消えて行った。
数名の作家が部屋を歩き、空間を形作っている。
僕らは言葉に出来ぬ何物かを成し得てしまったのだ。
帰りは興奮に包まれたまま、夜道を辿った。
感激のあまり何があったのかあまり覚えていない。
2日目
寝るに眠れず、朝早くに目を覚ました。
みんなの反応をSNSで確認し、支度を整え、東京メトロに乗り込んだ。
実地に私を解釈できる者のいなかろうこと!
踏むステップと上目の乗り気を辺りに奮って、ギャラリーに着いた。
既に作家が集まっていた。
何やら作品の数が増えているようで、私は鑑賞者になってしまった。
現代4コマ展の妙とでも云うものである。
そのひとつひとつに驚き、感心し、手を鳴らした。
こんな見事に作れるものか。
それも、一人の作家の仕業ではない。
現代4コマ作家は総じて馬鹿馬鹿しいのだろうと素晴らしかった。
特に「純粋4コマ」は面白かった。
暮れるにつれ様々な作家が合流した。すぐに帰った者もいるが、多くの人と会話できた。
どのように作っているのか。発想元はどこか。普段は何をしているのか。
4コマとは具象であり我々はそこに介在しない鑑賞者に過ぎない、と誰かが言い、いやただの面白だ、と誰かが言った。
分かったことは、みんなばらばらだということ。共通点は現代4コマ以外にはないに等しかった。
僕はこんな面白いところにいてよいのだろうか。ふと、不安になった。
3日目
少し日差しが強く、格好の散歩日和だろうか。
いつも扉の先にはみんながいて、気にするでもなく受け止めてくれる。
その日は変な一日でもあった。
直接の言及は控えたいのでこのように言うが、鳥や猫二匹は相変わらずいて、概念だったりひらがな一文字だったり、特殊な人間やもじりもいた。
しかし見慣れぬ人物が一人。気になった。
数分で全体を見て、すぐに帰っていく。
後をつけ声をかけた。
「もしかして長良さんですか?」
彼は数瞬黙って、莞爾と笑った。
「違いますよ。人違いじゃないですか」
僕も笑った。
「そうですね。ぜひ駅まで送りましょう」
「結構」
僕は肯定と受け取って、ついて行った。
結局のところ確証は得られなかったのだけど、話をして、彼が現代4コマに詳しいとは分かった。本当に長良さんではなかったのだろうか……?
本当に会えた時には小説の話をしたいものだ。
展示に戻ると、おかえりと一言。
奥で何やら騒がしいと思えば、テープのように伸びた4色の紙。
僕はそこに交ざり、ついには反対まで繋がった。
それは美術館の神聖さを保つテープのようで、でもそこには文字が書かれ、内容とはちぐはぐな見た目に可笑しくなった。
日が落ちた。
時間が来てしまった。
もうさよならなのだろうかと、疑った。
また次があるさと、物言わぬ目線で励ましてもらった。小さく頷いた。
僕は帰路に着いた。
4日目
その日は雨が降っていた。折りたたみ傘を持っていたので、傘を差す。
電車内の湿度が高かった。
ギャラリーには変わりがなく、受付には既に座っている。
昼頃まではいつもと同じながら、人が少なかった風に思う。
正午を過ぎ、姿を見せたのは遮眼子。
肩には膨らんだ鞄を携え、企みのある様子だった。
ファイルを取り出し、その中から大量の紙を取り出し、コマ4表現を増やしていた。
「あのー、ひっつきむしがもうないんですよー」という声に、「持ってきてます」と鞄に手を突っ込んでいる。
そのエリアはより禍々しさを増して、現4展に君臨した。
その後色々話をしたが、私はお笑いに疎く、評論とやらをBGMにして展示室をぐるぐる回っていた。
他に有名人が来ていたらしいが、私は気付かなかった。
5日目
一転して天気は快晴。溶けそうなほどの照りつけに、足は重たいが歩を進めた。
特段、変わり映えしないが、その日は旧友と再会した。どうにもたまたま見かけてやって来たらしい。
高校からお互い何があったかつぶさに語り、強く手を握った。健闘を祈る、と。
毎日そうだが、この日は外国の方が特に多かった気がする。
キャプションの英訳が上手く機能している。訳は大学生の作家によるものだ。
さりとて私の語学力を補うとかではなく、ただただ怠慢を指摘されるようだ。
もっとできることがあるのだ、私には。
6日目
部屋に入ると一様に貼られた紙が目に入った。
純粋4コマだ。
壁に限らず、床にも天井にも作品の余白を余す所なく埋めている。
流石にまずいので、剥がす作業から始まった。
誰の仕業か分からないのも奇妙なところ。
おかげで開ける時間が大幅に遅れてしまった。
けれども見て一発目の衝撃と面白さは今回の展示を通して一番だった。これも現代4コマ展である。
数時間して、謎の人物が訪れた。
「この作品を展示できませんか」
その場の全員が言葉を飲み込むのに時間がかかったことだろう。
無理です。いや何とか。ここ募集しているんじゃないんで。でも飾ってもらえませんか。
一方的だった。
結局、キャプションなしで展示することで和解となった。『招き猫』と『向日葵』という二作で4コマ要素がどこにあるのだか分からない。
しかし、綺麗な絵である。
本人は満足そうに帰っていったが、残された私達は途方に暮れた。
そもそも勝手に貼れば、黙認されるものの、彼は現代4コマ作家でないのでその発想をし得ないのだった。
7日目
最終日だ。意気揚々と踏み出し、ギャラリーへと向かう。
訳あって昼頃になった。
入口から入ると、机ががらんとしていることに驚いた。アクリルスタンドとキーホルダーはほとんど売れ、あと三点を残すのみとなった。
しおりも残り一点だ。
コマ人間が初めに売り切れたのは予想していなかった。
最終日にも関わらず、作品は増え続け、今は壁を埋め尽くす程になった。
受付後ろにも侵食する有り様だ。
展示室は3部屋に及んで、広大だが、この宇宙においては点に過ぎないことに畏怖を覚えた。
自分の作品を改めてよく見ると、これが面白い。
うっとりとし、触れて、血が流れてしまった。
大丈夫かと聞かれたが、「大丈夫です」と返し、その場で作品にすることを思い付いた。
紙をもらい血でコマを書こうとしたが、すぐに傷口は塞がってしまい、1コマも書けなかった。
隣でも展示があるから見に行こうと誘われた。
行ってみるとそこにも現代4コマがあるではないか。
なにこれ、とアーティストに聞くも、そこには同じ作家がいた。
「現代4コマなんだから4つ展示があってもいいじゃない?」
無茶苦茶である。
展示されている作品は微妙に異なっていた。
作家も概ねあっているが、数名違う。
隣を覗くとまた現代4コマだ。
「今朝、純粋4コマをいっぱい貼られてて〜」
ご苦労なこった。
そのまた隣も。
部屋から飛び出し、建物を見上げた。
4階建てだ。
こここそが、現代4コマだったのか。
あまりにも突拍子もない出来事だった。
戻ると既に撤収の準備が始まっていた。
キャンバスもいくつかは売れ残っていた。
急に雨が降り出した。空が光る。
誰かが入ってきた。
「いやあ、急な雨降りは困るものですね」
スーツの男性だ。
「おや、ここは」
辺りを眺め、
「私、こういう者です」
差し出された名刺には渋沢よしきと書かれていた。
皆の脳裏にとある人物が浮かぶ。
「兄がお世話になっています」
渋沢さん含め、最後にいた作家で食事をとった。
色んな話題が飛び交った。
現代4コマや音楽、美術に哲学。謎解きやお笑いの話も出た。
出自の違うメンバーだけに多様な空間が広がっていた。
宴も酣といったところで、一人が言った。
「ところで渋沢さん。あなた刺客でしょう。」
は? と皆、声を揃える。
「現代4コマを破壊しに来たのでしょう?」
「なぜそうなるのです?」
「兄が現代4コマにのめり込んでいる」
「それで?」
「だから我々を憎んでいる」
「今、歓談をしていたじゃありませんか」
「罠だッ……!!」
また別の一人が不穏なことを告げた。
「何か焦げ臭くない?」
全員がばらばらと立ち上がり、ギャラリーへと向かう。
闇夜に紅が立ち込めている。
ちょうど現代4コマ展のある四室が燃えている……。
誰かが叫んだ。
「まだ、作品はあの中に……」
すかさず現代4コマの創始者が部屋へ飛び込んだ。
「燃えている!」
「雨だから体は濡れてるので大丈夫です。すぐに作品を取ってくるので待っていてください」
一酸化炭素中毒で倒れてしまう。
私も後を追う。
部屋に入った。
しかし足場がなく、僕は空中に投げ出された。
火の粉ひとつもない。
そこは果てしない宇宙空間で、入口は無限遠に遠ざかっていく。
周りには何もなく、煌めく銀河だけが見えた。
青く光っている。
美しい。
現代4コマの果てに、私は、こんな景色を見られるのか。
陶然とした。
揺蕩った。
あまねく世界が幻だ。
きっともういいんだ。
世界が縮むように感じた。
古代中国の言葉にこんなものがある。
宇宙は角のない四角形だ。
この世はコマであり、しかも4のコマだ。
あまりにも出来すぎてはいないか。
私は永遠に眠ることとなった。
宇宙は限りなく、果てしない……。
1日目
目が覚めた。何か夢を見ていたはずだが思い出せない。大したこともないのだろう。
朝食を済ませ、支度をし、時間ギリギリまでスプラトゥーンをした。
荷物良し。部屋の掃除も良し。
あまり緊張も興奮もないが、久々にワクワクしていた。
少し窮屈な靴の紐を結び、キャップを深く被る。
カチャリ。
今から本当に、僕は本当に東京に向かうのだろうか?
ガチャ。鍵を閉めた。
無料部分は以上です。実際の現代4コマオールスター展2024の様子は、ツイッターや他の人のnoteをご参照ください。
ここからは個人的な体験の詳述です。プライバシーのため世界中にばらまくわけにはいきません。あまり参考にもならないと思うので興味のある方だけ覗いてみてください。
ご一読いただきありがとうございました。
(後ほど更新します)
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