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父は今、地上4階くらいにいる

わたしの家は2階建てだ。
その上にあるのは空。ときどき鳥、飛行機。

夢に父が出てきた。
「父さん、これから色々忘れちゃうから、教えてくれよ」
といつもの口調で言う。
「いいよ。あのね、お父さんはね、昔わたしのこと、まりすけって呼んでたんだよ」
すると父はいつもの笑った顔で言った。
「そんなの知ってるよ」と。

夢から覚めて、
「ああ、お父さんだった」と思った。
その夢を見たのは、父が亡くなって、もうすぐ3年という頃だった。

そして、ああ、お父さんはもうすぐ地上4階に行くんだなと思った。

人は死んだら、どこへ行くか。
天国だと信じる人もいれば、輪廻すると思っている人もいる。
無になると言う人もいれば、死について何にも考えてない人もいるかもしれない。
でも本当には、誰も知らない。

わたしは父が亡くなったあと、どうしても父が天国に行くとか、仏様になったとか(うちのお寺の住職がそう言ったのだ。笑いをこらえるのが大変だった)、そういうふうには考えられなかった。

最初のうちは、そのへんにいる感じがしていた。
家の中のいつも座っていたリクライニングや、家中のそこらへんに。
町へ出ても、やっぱりそこらへんにいる気配がするのだ。
町でばったりと会うことも多かったし、待ち合わせをした場所もたくさんあった。

そして1年が過ぎ、月日が経っていくと、なんとなくちょっとだけ上、うちの3階くらいにいそうな気がした。
気が向けば2階や1階にも降りてくる。

父はときどき、わたしの夢に出てきた。
きっと亡くなった人には、「誰かの夢に出られる券」みたいなものが何枚かもらえて、誰の夢に出たいか希望を言えるシステムがあるのだ(誰が運営しているのかは知らないけど)。

父は、母や姉や孫たちを最初に書くのだが、提出すると、
「ああ、この方はだめですね、熟睡されています。毎日疲れているんでしょうね」
そんな理由で、わたしになったのかもしれない。
「ああ、この方は大丈夫です。寝る時間も長いですし、夢もよく見られますから」
なんて。

だから、父はしょっちゅうではないが、ほんのときどきわたしの夢に出てきた。
母は、
「ねえあの書類のことは?どうしろとかいってなかった?」
とか言うのだが、そんなに都合よく、こちらが知りたいようなことは言わない。

多分、3階以上に行くと、生きていた世界のいろいろなものや、名前などが、ぼんやりするのではないだろうか。
感染防止に使っていた、あの厚いビニールを通して見ている感じに、ぼんやりと。

そして、あの夢から数年がたった最近、朝、目を覚ます直前に、ものすごくはっきりした父の声を聞いた。
「ああ、お父さんの声だった」
言った内容をぼんやりさせるほど、リアルな声だった。

その時、わたしはちょっとした岐路に立っていた。
正直、ものすごく迷っていた。
それに対して、きっと父なりに背中を押してくれた。

「〇〇の扉を開けなさい」
そんなようなことを言った。
最初は、なに、暗号?と思った。
少し考えて、ああ、そうか、と納得した。
暗号が解けた。
ありがとう、お父さん。

父はたぶん、まだ4階にいると思う。
でもそろそろ、もう少し上に行くかもしれない。
そもそも、4階の天井はなかったりするのかもしれない。

わたしはいつも願う。
父が、今は大丈夫でありますように。
心穏やかに、楽しく笑って、ご機嫌でいますように。
そして、まだ「誰かの夢に出られる券」を持っていて、また夢に出てきてくれますように。

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