雪も時間も降り積もる

巷ではいろいろと良い新作のリリースが切れ目なく続いているのだけど、どうしてだか今の自分にはAmen Dunesの「Freedom」がしっくりきて、何度も聴いている。

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2018年リリースのアルバムだからもう5年が経ちそうなくらいなのか。当時の評価はすごく良かったし、ラジオでも何曲か耳にして好感は持っていたけど、アルバムをちゃんと聴いて深く入り込むまでには至らずにいた。それなのに、本当に何のきっかけだったのかは分からないが、先週あたりふと「なんだっけあのイントロのベースが特徴的な、日本の猫みたいなタイトルの曲」と突然聴きたくなって、ミキ・ドラだったと思い出し、今日に至るわけです。5年の月日でようやくわたしの中で機が熟したということなのか。

この人の声、クセが強くて、人間だなあと思う。AIがどんなに進化しようとこういうのは作れないんじゃないかな。この声からは働く手のイメージがとても強く立ち上がってくる。手を喚起させる声、というのもまあなんか変なんだけど。粉まみれで生地をこねるパン職人の手、木を削って美しい質感を引き出す木工師の手、石の中に眠っているなんらかの像を形づくろうとする石匠の手。ただの声というより、実際の生活を日々暮らしている人間の手が、作ろうとする意思と直接つながっていて、そこから生まれ出た歌という感じがとてもする。無骨で、じょうずな嘘は歌わないだろうなという信頼感が持てる。ラジオでよく聞かれたいくつかの曲は記憶どおりとてもよかったし、アルバムを通して初めて聴いた曲もよかった。


先週末は気温が−30℃まで下がった。風を含めて計算すると体感で−44℃だったらしい。前回凍結したのとは別の、床の中を通っている水道管が凍って、台所のお湯が出なくなる。これはこの家に来て8年になるが、今まで経験したことがなかった。とにかく薪ストーブを焚きつけて家を過剰にあたため、空気をかきまわし、外気の寒さのピークが過ぎた2日後あたりでお湯が戻ってきた。
その4日後に大吹雪になったが、学校は閉まらなかった。極寒だった金曜日も閉まらなかったので、娘はかなりふてくされていた。吹雪の場合、仮に同じ量の降雪があっても、いつ降るかのタイミング次第で学校の開け閉めが左右される。幸か不幸かタイミングがずれて閉校にはならなかったけど、結果としては30cm近く積もった。我が家にはガソリンで稼働する手押しの除雪機があって、普段はそれを使うのはだんななのだけど、仕事の都合で彼が忙しくどうしてもできなかったので、これもこの家に来て以来初めて、わたしがひとりでやることになった。必要に迫られれば、この歳でも初めて経験することってまだまだあるもんだなあと思う。
使ってみると、かなり重い。確かに女の人がこれで雪かきをやっているのを見ることは滅多にないのには理由がある。でもシャベルなんかでちまちまやっていたら到底終わらない量なので、全身の力と気合いをこめて除雪機を押す。前面の回転部からババババととりこまれた雪は、上のノズルからぶわーと噴きあげられて排出されるけど、あらかじめどこに雪を投げるかをイメージしながらやらなきゃいけないので、ただ押して進めばいいだけでもない。それに、一本道ではなくある程度の面積をかく場合は、右左のどちらに雪をよせてどちらからかき始めるか、みたいな計画性もいる。見当をつけないまま適当にやると、またかき直さなければならなくなったりして無駄に何往復もすることになる。何回か経験を積めば効率のよいコースが分かってくるんだろう。風のぐあいで部分的に深い雪だまりになるところがあるが、そこは除雪機もタイヤが回らず前進しにくいので、腕の力というより全体重をかけて押し続けた。それでもだめだった所は、あきらめて最終的にシャベルで雪かきをした。それほど広い範囲でもなかったのに、要領がよくなかったせいか1時間半かかった。終わった時はくたくたで、体を押し付けて除雪機を進めていたせいで、着ていたキルティングコートの布が引き裂かれて中綿が飛び出し、両方の太ももには大きな青アザができていた。
雪が深い時、小樽の第一ゴムというメーカーのカーキのゴム長靴を履く。こちらにも防寒対策の雪靴は当然ごまんとあるのだけど、深さというか長さがあまりない。こちらの認識では雪が深ければスノーパンツを履くのがデフォルトだから、雪靴はふくらはぎの中ほど程度のハイカットしかない。昨日は寒くなくてスノーパンツを履く気になれなかったので、ひざ下まで届く第一ゴムの長靴は完璧だった。雪も入ってこなかったし、足も冷たくならなかった。わざわざ日本から取り寄せてよかったもののひとつだ。


ラジオでUnknown Mortal Orchestraの新曲「Layla」を聴いてすごくかっこいいと思った。この人たちの音はいつも独特のフェルトみたいな質感と温度があるけど、この曲は特別に好ましい気持ちよさを感じる。

他にも3曲がこの新作アルバムの「V」から聞けるようになっていたけど、「Layla」がいちばん好きだ。何が好きかって、アレンジが好きなんだと思うけど、こういうのは以前もどこかで聴いたことあるような、別の人の曲でも好きなやつあるな、と思ったが、Gerry RaffertyをBonnie Raittがカバーした「Right Down the Line」だなと気づいた。

要するにレゲエ、単にそういうことか。わかりやすいな。でもやっぱりいいな。Bonnie Raitt、アルバムを全て追いかけて聴いているわけでは全然ないけれど、彼女の存在感がけっこう好きだ。キャリアが長くて現役で、リリースのペースも無理がなくて、いつもちゃんとどの楽曲も彼女の声がしていて、浅い言い方になるが見た目の老い方がすごく素敵だ。多少は目のあたりなどメンテをしているのかもしれないけど、若い時より今の方がはるかに良く見えるとさえ思う。立ち姿もかっこいい。先日のグラミーでの受賞スピーチもほんとうに謙虚で胸が打たれる。

キャリア50年以上のベテランなのに、新人のアーティストが賞をもらったかのように驚き、真摯に喜んでいてほほえましい。年相応の落ち着いた貫禄があるのに、どこかに新鮮でみずみずしいものを持っている人だなと思う。

正直に白状をする。ここ数年、自分が何かを聴いた時の反応を客観的に見ていると、自分より年上の女性のカントリー歌手に妙に好感を覚えることがある。なぜか男性ではなく女性の声の時にはっとすることが多い。Bonnie Raittはブルースっぽいし、Neko Caseはインディロックが強く入っているから、完全に純粋なカントリーというわけでもなく、それぞれ個人の音楽性がミックスされてはいるが。

おそらくケベック以外では知られていないであろうGuylaine Tanguayというカントリーのシンガーがいる。この人はわりとコテコテの正統派カントリーで、まずばつぐんに歌がうまい。州内ではとても人気があって、見ている人を妙に元気にするものを持っている人だ。いじけがちでひねくれたところのある自分でも、この人がテレビに出ていると素直に嬉しく、楽しく見てしまう。まあ当然なのだけどフランス語でカントリーを歌っていて、初めて聴いた時はへえ、仏語のカントリーかと驚いたけれど、さらに彼女の得意技はヨーデルなのがすごい。

カントリーヨーデルというもの自体はずっと昔からあるものらしいから、特に彼女の専売特許ではないのだろうけど、アクロバティックな彼女のヨーデルにはすごく痛快なものがあって、なにより本人が楽しくやってるのがいい。わたしはアッパーで陽気な人ってむしろあんまり得意ではないはずなのだが、彼女のパフォーマンスには不思議に伝染するタイプの上機嫌さがあって、あまり抵抗なく心の扉を開かれてしまうからおそろしい。

カントリーと演歌の共通点には以前から気づいていたので、わたしも年相応の好みになってきたということなのかもしれない… カントリーをいいと思う日が来るとは、時間がたったんだなと思う。

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