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白石一文という人

圧倒的な筆力に驚かされる人がいる。
白石一文とはそういう作家だ。
十数年前、ブックオフで手にした一冊から衝撃的だった。
機微に触れ、スピリチュアルなドラマチックな展開が織り込まれる。
普段、文庫本派の私が新刊が出ると単行本を買う数少ない作家のひとり。

そんな彼の新作。
正直、触手を動かされるタイトルではなく本を取るのを躊躇した。
しかし、何を読んでも期待を裏切らない著者への安定感から購入することに…。

やはり、期待を裏切らない。
物語の波は以前作のようなドラマチックなものでは無い。
少し抑え気味…。

夫の肺がんの告知からの突然の展開、ズレていく二人の関係。
自分の中にある何かが夫には耐えられなかったのか、原因を探る旅は始まる。

中でも、心を惹かれて、
今も考えさせられる一節がある。
『名香子がミーコの失踪によって深く傷ついたのは、「私は、ミーコをこんなに愛した」というあらかじめ準備されていた歴史を理不尽に途絶させられたからだった。
猫の一生は短い。
ミーコの短い生涯をずっと伴走し、最後はこの腕の中で看取ってあげるー名香子はそう心に誓っていた。
愛猫や愛犬というのは難病を患った子と似ていると思う。自分より先に死ぬだろうことを運命づけられた存在であるがゆえに彼らに対する愛情は最初から最後まで貫徹させることができる。そこが我が子とは決定的に異なる部分だ。
ミーコとの愛の歴史は、本来、最終章まで織り上げられるはずのものだった。
その貴重な歴史を良治の愚かなミスによって奪われてしまったことが名香子には悔しくて悔しくてならなかった。

主人公の核となるこのものの考え方が如実に顕ている部分である。
そして夫、あまっさえ娘ですら及びもつかない考え方であるのだ。

ラストで夫の残したレコーダーの中に残された娘の産声を聴いた時、夫と自身は初めからズレていた事にきづく。

そしてあの日と同じように、助けを求めて泣くミーコの声にまた新たな彼女の人生が始まる。

断片的で分からないかも知れませんが、
ストーリーは何不自由なく生きてきた夫婦が夫のがん告知の後の「好きな人がいてこの後はその人と過ごして行く」という展開から話しが進んでいくというもの。

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