春の風
短期のバイトで 絵の具工場に 通ったことがある 新学期に向けて学校に卸す スクールセットを作る仕事だった 自分を含めて 四人採用され ケースに絵の具を詰めたりしていた バイト仲間の一人Sとは 社員のOさんも加わり 音楽の話をよくした Theピーズ フィッシュマンズ が好きで 学生の時から バンドをしている そろそろ就職を考えていると 言っていた 昼休みになると 彼女が作ってくれるという弁当を食べていた こちらは 昼休み 歩いて五分程のアパートに 戻り 少しごろっとしては また仕事に戻っていた 部屋で フィッシュマンズを流した 風に混ざって心地よかった 別のバイト仲間に 日芸のデザイン専攻の学生Kがいて 仕事上がりに散歩した 椎名町 から 江古田まで 歩いた 途中 椎名町の甘味屋で 最中のアイスを 買って 歩きながら食べた 春の風が 吹いていた 進路について 話してくれた こちらはといえば 何も先が見えず 時折 足下が真っ暗になって 落ちていく気がしていた 誰かに そこに居ていいんだと 言われたかったが そんな声は聞こえず 生温い風に ざわついた ただそこに在るだけで 誰に言われるまでもなく 居るだけなのに こっちもよか そっちもよかねと なれないでいた もう一人のバイト仲間は30代の女性で 10代の頃はずっと学校に行かず家に居たという その頃感じていたことを 作業中話してくれた そのHさんとはその後も 手紙でやり取りをした バイト期間中に フィッシュマンズのボーカル佐藤さんの訃報を知った Sは バイトを休み 「葬儀に行ってきた」 と話してくれた その後なんとなく あまり話すこともないまま バイトの期間は終わった 随分経って 一度だけ 阿佐ヶ谷駅の改札で スーツ姿のSを見かけた 声をかけるでもなく ただ 見ただけだ
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