小説 | かすみ草
わたしは疲れていた。
とてつもなく疲れていた。拳で地面を叩いたら地球割れないかな、とか本気で妄想するくらい疲れていた。
現在金曜日、時刻は午後9時。
道の向かいの居酒屋で華金だと叫ぶ声が聞こえてわたしは耳を塞いだ。だってわたしは明日も出勤、明後日も出勤。ああ、もう何連勤だろうか。華金だろうが華水だろうがなんでもいいからはやく連勤が終わってほしいと心から思う。繁忙期だからという上司の顔を思い浮かべ、部下の仕事量をコントロールするのがお前の仕事じゃないかと声に出して毒づいた。
道を渡ろうとしたら信号が赤になった。止まる。ちょっとの好奇心で拳をつくって地面を叩いてみたが当たり前のように地球は割れなかった。指に石がついてくるだけだった。
分かっていながらも少し苛立ち、石を払った。よっこらせと立ってもう一度歩き出す。
道を渡るといつもは閉まってる花屋の前に屋台が出ていた。
「こんばんは」
「あ…こんばんは」
「お仕事帰りですか?」
「ええ、まあ」
「本日ですね、スペシャルウィークということでお花を配布してるんですよ」
「はあ」
「なのでお姉さんにも差し上げたいのですが貰っていただけますか?」
「いいんですか」
「ええ、ぜひ」
明るい笑顔のお姉さんが数ある花の中から差し出したのはかすみ草だった。花に疎いわたしでも知ってるやつ。もっと知らない花がよかったなと少し思ったわたしにお姉さんが続けた。
「かすみ草の花言葉は感謝や幸福なんですよ、日頃の感謝を込めて」
「感謝?」
「朝、公園を通るついでにゴミを拾っていらっしゃるでしょう?お姉さんの出勤の時間、わたしちょうど花の水やりをしてる時間なんです」
「…」
「いつもありがたいなと思って。なんて素晴らしい方なんだろと思ってみておりました。だから、その感謝を込めて」
誰かに褒められようと思ってやってるわけではなかった。
だけど、褒められたことが嬉しかった。カサついた心に水が数滴はいってきた感覚がした。
「いつから」
「いつからみてたかってことですか?ずっとですよ、仕事終わりわたしも公園のゴミ拾いをするようになりました、ありがとうございます」
お姉さんは笑った。
✴︎✴︎✴︎
花を持つとは気分がいいものだ。
さっきまでの疲れは少し取れ、わたしはかすみ草は街頭に照らした。照らしたかすみ草は今まで見たどの花よりも輝いて見えた。
fin.
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