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深遠の杜:闇の声

お姉ちゃん、と私を呼ぶ声が好きだ。
純粋無垢でまっすぐな瞳も、安心しきっている笑顔も、妹のすべてが好きだ。

でも、私は妹とは根本的なものが違う。

『朔夜』

夜風にあたるために、外へ出たところだった。
私以外には誰もいないはずの闇から声が聞こえる。

「また来たの?」
『何度だって来るさ。朔夜が俺たちの里へ来るまでな」
「何度来ても同じよ。私はここを離れるつもりはない」

空気が揺れている。
「これ」が入ってきたせいなのだろう。

私は小さなため息をついた。

「結界を何度も破ろうとするのはやめなさい。あなたにとっていいことではないし、私にとってもよくない」
『そんな結界の中で過ごして、朔夜も平気なわけはないだろう? 何故わざわざこんなところで暮らす』

気が変わっていく。
神社に張られている結界まで、「これ」に影響されているのが分かる。

私の聖域である、この岩屋の結界までも壊されようとしている。

『妹の存在か?』

結界を強化しようとしていた動きが止まった。

「あなたには関係ないでしょう」
『名も呼べぬ妹のことを気にかけて、ここに残るというのか』
「あの子は私の妹よ。家族だもの」
『だがあの子は人の子だ』

何度も聞いた言葉に、唇を嚙み締めた。

あの子と私は違う。

『人の子である妹に縛られる必要などない。朔夜は「こちら」の存在だろう? 何故力を隠しながら人の里で暮らそうとする』
「あなたには関係ないって言っているでしょう!」

叫んだ拍子に、額から飛び出た二本のツノ。

「あ……」

慌てて隠そうとするが、それを見て笑う声が聞こえた。

『朔夜は鬼の子だ。人の子と暮らすべきではない』

分かっている。そんなことは痛いほど理解している。
それでも、この神社を離れることなどできない。

『里のものは朔夜を受け入れるといっている。こんなところで隠れて生きずに』
「……余計なお世話よ。帰りなさい!」

強い結界を張りなおして、鬼を神社の境内から追い出した。
最初からこうすればよかったのだ。
なぜ、あんなものの言葉を聞いてしまったのか。

「私は」

もしかしたら、心のどこかでは鬼としていきたいと思っているのかもしれない。
それでも、鬼として生きることを選べば。

「あの子は、どうなるの」

お姉ちゃん! と呼ぶ声が聞こえる。
ニコニコしながら駆け寄ってくる姿が見える。

人と鬼は共存できない。
人は鬼を忌み嫌い、鬼は人を襲う。

鬼の子である私と、人の子である妹。

「私はどうすれば」

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