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「狐と祭りと遊び上手と。」第十二話(完)


 後に〝きつね町の大火〟と呼ばれ歴史に名を刻むこの大火事は、こうして幕を下ろした。

 後日、小珠は妖力を過度に利用した影響で体調を崩し、数日間寝込むことになった。
 妖狐の一族の屋敷はまだ修復途中で、ほとんどの部屋は崩れている。部屋がないので、夜は一箇所に集まって雑魚寝する日々だ。熱でうなされる小珠の隣には、いつも空狐がいてくれた。

 そのうち、南に住む妖怪たちが、見舞いだお礼だと言って何度も屋敷へやってきた。彼らは小珠の見舞いもあるが、大変な時に町を守るため尽力してくれた狐の一族への感謝もあるらしく、怯えながらも「献上します……」と米や魚を置いていった。
 きつね町の大火は、町民たちの妖狐への印象を大きく変えた出来事となったようだ。

 海坊主は戻ってきた。正確には、法眼が陰陽師の情報網を駆使して海坊主を発見して連れ戻した。
 彼はあの火事のどさくさに紛れていつの間にか拘束を解きどこかへ逃げてしまっていたらしい。銀狐はそのことを数日悔しがっていたが、法眼はけろっとした顔できつね町に帰ってきた。まさかの海坊主を連れて、だ。
 罪人として屋敷で監禁されていた二口女は小珠の指示で釈放され、今や海坊主と一緒に焼けた茶店を建て直しているらしい。謝罪の手紙と贈り物が頻繁にやってくる。小珠は直接会いたいと思っているが、二口女も大変な時期なのだろうと思い、無理に会おうとは言えなかった。

 法眼が海坊主を連れてきた礼として妖力を利用させろと言うので、恩着せがましいな……と思いつつも、体調が治ってからは屋敷でたまに法眼が持参してくる呪具に妖力を込めてやっている。彼らがきつね町を襲うことはもうなさそうだ。

 徐々に、町は復興していく。
 しばらく屋敷や市の修復の手伝いに奔走していた小珠にも、ゆっくりする時間ができてきた。縁側で履き物を履き、鍬を持ってずっと行きたかった場所へ向かう。

 太陽の下、耕された土がきらきらと輝いて見えた。あの火事の中、庭の畑だけが無事だったのだ。
 小珠は畑に近付き、種を植えるところから始めた。

 こうしていると、この場所で畑仕事をしていたキヨの笑顔が脳裏を過ぎる。

「……ようし、やるぞ」

 まだ悲しい気持ちはある。涙で枕を濡らす夜ばかりだ。
 けれど少しずつ前に進めたらと思う。そうしなければ天国のキヨに胸を張れない。

 他でもない小珠自身が、キヨが長い時間をかけて残してくれたものだから。


 ◆


 日脚も短くなり、秋と呼ばれる季節、小珠と空狐の婚姻の儀が行われた。五節句のうち九という最も縁起の良い数字が重なるその日は、重陽の節句と呼ぶらしい。
 花嫁姿となり、空狐の隣を歩く。今朝から気狐が物凄く時間をかけて着飾らせてくれた。前後には妖狐の一族がずらりと並んでおり、長蛇の列ができている。町の中心部をぐるりと一周し、象徴の大木に二人で捧げ物をするまでが、この町の婚姻の儀式らしい。
 一般の妖怪たちも、この日ばかりは行列を見に外へ出ていた。その中には二口女もいて、海坊主の隣で微笑を浮かべながら小珠たちを見守ってくれていた。
 歩くと結構な距離なので、重たい色打掛《いろうちかけ》を身に纏ったままでは少し疲れた。屋敷に戻る頃、小珠はふう~と大きく息を吐く。その様子がおかしかったのか、銀狐に笑われた。

「なんや、色気ない花嫁さんやなあ」
「そんな……私、こんなにお化粧してても色気無いですか……?」

 悲しい気持ちになった。すると、銀狐がまたぷっと噴き出す。

「うそうそ。かわええよ」

 そう言って小珠の前髪を手でかき上げた銀狐は、小珠の額に口付けをした。

「ほんまに、奪ったってもええくらい別嬪さんやわ」

 ぽかんとすることしかできない小珠の横から、空狐が銀狐を蹴り飛ばした。

「僕の花嫁を僕の目の前で堂々と口説くとは、度胸がありますね」
「いたたた痛いって空狐はん。冗談やんかぁ~」
「貴方の場合完全に冗談とも思えないのが怖いんですよ」

 銀狐はけらけらと笑い、小珠たちを招くように宴の間の戸を開く。ここは最近修繕された間で、以前よりも広くなった。
 今夜は宴の間で祝宴が行われる。既に豪華な料理が準備されていた。部屋の奥には天狐が機嫌よく座っている。ここで空狐と酒を呑み合えば、正式に結婚が成立することになる。
 いよいよ本当に花嫁になってしまう、と緊張で頬を両手で押さえながら、小珠はふと気になったことを空狐に伝えた。

「あの、私、空狐さんに言われていないことがあります」
「言われていないこと?」
「好きだと……言ってもらえていません」
「…………」
「あっ、いや、だから言えということではなくてですね。恋というものが分からないまま、私のことが好きでもないうちに婚姻の儀式まで済ませてしまってよいものだったのだろうかと心配になって……」

 空狐が沈黙したので慌てて訂正する。
 勿論、これから空狐を振り向かせる努力はするつもりでいる。けれど、一族の繁栄に必要な妖力を持つからという理由だけで空狐とさっさと結婚してしまうのは卑怯ではないかと思った。小珠は嬉しいが、空狐はどうであるか分からないからだ。

「はっきり言わないと分かりませんか」

 空狐がずいっと真顔で顔を近付けてくる。近くで見るとその美形っぷりになお緊張した。

「僕が慎重になったのは、いくら決まった婚姻であるとはいえ、好きでもない女性と結婚することが嫌だったからです」
「な、なるほど……?」
「好きでなければこんな長い儀式に付き合っていません」
「……と言いますと?」
「……わざと言わせようとしてるでしょう。――好きですよ。小珠様。きっと僕の初恋です」

 黒五つ紋付羽織袴姿の、いつも以上に格好良い空狐に真っ直ぐな目で見つめられ、小珠はぐっと口籠る。とんでもない破壊力だ。長年好きだった人にこのように言ってもらえるとは、なんという幸せだろう。

「僕にばかり聞いてきますが、小珠様はどうなのですか」
「……それは、以前お伝えした通りで」
「はっきり言ってくださらなければ分かりません。この短い間に心変わりした可能性もありますし」

 分かっているくせに意地悪だ。

「……好きです。私も、空狐さんが初恋でした」

 照れつつもそう言うと、空狐は満足げに笑った。

「なら、貴女は今日から正式に僕の花嫁です」

 手を引かれ、座った場所は、多くの瑠狐花が飾られていた。

「やはり、この花は美しいですね」
「はい……咲いて良かったです」
「瑠狐花が咲いたおかげで、町は誇りと活気を取り戻しています。貴女のおかげですよ、小珠様」

 そう言ってもらえると、小珠も、小珠の中の玉藻前も、自分のしたことを誇れる気がした。小珠はえへへと得意げに笑う。

「来年は祭りができますね。幻影じゃない、本物の瑠狐花で!」

 沢山花びらを降らせよう。
 天国のキヨに見つけてもらえるくらい、沢山の花びらを。


 【完結】



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