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遠く離れて(1)

こんにちは。
これは私自身を癒すためのアウトプットです。

「喪の仕事」と呼んでよいものかもしれません。
簡単な経緯はこちらの記事にございます。

よろしければご覧くださいませ。

|虫の知らせ

さきの序の記事で

なんの前触れもなくの突然死。
なんの心の準備もないままの長夜の別れ。

と記しました。

でもほんとうは、虫の知らせというのか
心の深い深いところでは
このときが近々くるのをどこかで感じとって
知っていたような気もしています。

もちろん、そんなものは
いつもあとから振り返ってみて気づくこと。

なので単に私のこじつけかもしれません。
けれどなんとなく確信を持って、

(あぁ、私、たぶん、知ってた…)

と思いました。

なにもなかった前日には
ふと髪を切っておこうと思い立ち美容院に。
いつもなら少し先の予約しか取れないのに
珍しくすぐに予約ができました。

当日は車を定期点検に出していました。
いつもなら月末に持っていくのだけれど
私にしては珍しく月半ばでの点検。

美容院も車の点検も、これが事後であったなら
とても行けてはいなかったと思います。

車の点検帰りにスーパーで食材を買い、
数日ぶりに赴任先から帰宅する夫に
手料理をと考えながら帰りました。

帰宅したとき、
猫の餌入れケースのキャットフードが
残りわずかになっていて、
補充するよう子供から頼まれていました。

しかしなぜかそのときすぐには
フードの新しい袋の封を切るのがためらわれ、
ケースが完全に空になってから補充しようと
一旦棚上げにしました。

夕飯のおかずもいつになく品数多く作りました。

夕飯の支度をしていると、この日に限って
猫が繰り返し大きな声で呼び鳴きしていて
なにかいつもとは違う、違和感を感じました。

ご飯作ってるからあとで、と心の中で詫びつつ
こうして猫が騒いだ後にありがちな
大きな地震でもこないといいなと思いながら、
少し胸の辺りをザワザワさせながら、
おかずを作るスピードを上げました。

猫が大きな声で鳴くたびに
子供が部屋から出てきては
なだめ落ち着かせる、の繰り返し。

一旦静かになってもすぐまた鳴くので、
さすがに途中で一度、調理の手を止めて
猫を抱きあげました。

それが、私が生きてこの世に在る猫を
自分の腕に抱いた最後の触れ合いになりました。

また、『初午のシンクロニシティ』の記事で
少し触れましたが、
普段ないことにその日は夫が寄り道をして、
ご自由にと置いてあった稲穂をひとつ
珍しくもらって帰ってきたことで、
喜んでじゃれつく猫の様子を思いがけず
動画に収めていました。

このたった一時間後には
まさか永の別れになろうとは…
このときは思いもよりませんでした。

|旅立ち

夕飯のあと、寝室でくつろぐ夫の上に
香箱坐りでぬくぬくとまどろむ猫。

しばらく乗せているとそれなりに重さもあり
しびれが切れたりもします。

ヒトは御ネコ様の下僕と化してジッと我慢。

その間に洗いものを終え、別室で私は
アバンダンス・プログラムのお題の下絵を
清書する段取りをしていました。

ちらっと寝室を覗いて、のんびりする様子を
微笑ましく眺める私と、真顔の猫の目が
なぜだかしっかりと合いました。

アレ?ずいぶん難しそうな顔をして…と
これにもまたいつになく違和感を覚えましたが、
布団に入っていなかったので寒いのだろうか?
くらいに軽く考えてその場を離れました。

それからすぐのこと。
ちょっと夫が猫を脇へ降ろし、
寝室を出てまた戻る間のほんのわずかな時間。

まるでそのスキを狙っていたかのように
そんなときが来るのを知っていたかのように
猫はバッサリ生身を脱ぎ捨て旅立ったのでした。

普段大声を出すことのない夫と子供双方から
慌てた様子で呼ばれ、なんだろうと
よくわからないまま寝室に駆けつけると
そこには力なく横たわる愛猫の姿がありました。

急いで抱きあげてもだらりと既に力なく、
澄んで美しかったオリーブグリーンの瞳は
もう瞳孔が開き始めていました。

私の頭の中をすごい勢いで思考が駆け巡ります。

初めに強く衝いて出てきたのは

(あ…逝ってしまった…)

というものでした。

既にその時点で私は
たった一瞬ではあるけれど、
この死をごく自然に
受け容れていたことになります。

思考でも感情でもない、
霊性とでも呼ばれるような深い部分においては
よくわかっていたのだと思います。

二度と戻らない、
また、戻ってほしいと強要できないことも。

こんな日が、いつか必ずやってくることも。


次に出てきたのは

心臓マッサージをしようか…
人工呼吸をしようか…やめておこうか…

という具体的で現実的な迷いでした。

もうこうなれば引き留めることはできないと
心の深い部分では理解しているので、
これはおそらく表面的な感情から出た部分。

(…引き留めたい)

これは自分のためであり、エゴのなせる業。

次に間髪入れずに出てきたのは
このまま“私の腕で”死なせてはいけないという
計算高い思考でした。

人の子にとって、幼少期からの13年間というのは
とても長く、計り知れない重みのある時間です。

子供たちがまだ幼かった頃、
犬猫の飼育禁止のマンションから、
夫の実家である戸建てに引越をしました。

引越してしばらく経った頃。
猫を飼ったことがなくてやや渋る夫を尻目に、
トラ猫か黒猫を探してほしいと
親戚知人あちこちに声をかけておきました。

それは、ここを終の住処にするのだ、
この土地に根を下ろして慣れなければ…という
指の先ほどの覚悟が芽生えたとき。
一つは自らに対するその小さな覚悟の証として、
もう一つには辛いことがあったときの支えとして
大好きな猫と暮らしたいと思ったのでした。

季節は冬。
春秋が猫の出産シーズンなので
すぐには見つからないだろうと
のんびり構えていたのに、思いもかけず
とんとん拍子にピッタリの仔猫が見つかって、
まるで下の子供の7つの誕生日に
機を合わせたかのようなタイミングで
我が家に迎え入れられた猫でした。

それからおよそ13年。

楽しいときもつらいときもただひたすらに、
いつも泰然として変わらぬ大きな愛で
子供たちのそばに寄り添ってくれた存在。

仕事でずいぶん遅くなり、
子供たちだけで留守番していた夜も、
春夏秋冬・雨の日も、晴れた日も。

どんなときにもこの猫がいてくれました。

そんな、深い絆のある両者。
どの道ダメならせめて最期は、私ではなく
子供の腕の中で…、と思ったのでした。

これは自分の経験のみを基に推測した
傲慢な考えだったと後に気がつきます。

かえって子供の心を傷つけたかもしれない。

それでも咄嗟のことに
そうしなければと強く思いました。

|冷静さと混乱の狭間で

様々な思考が一瞬で駆け巡った結果、私は
動物病院に行く支度をするからと言って
即、猫の身を子供に預け抱かせました。

すぐ悲鳴にも似た子供の声がして覗き込むと
血色の良かった猫の舌はどんどん色を失い
酸素不足からチアノーゼを起こしていました。

おそらく、このとき肉体は既にもう
亡くなっていたのだと思います。

本当はどうだったかまではわかりません。

発見時こそ、やや痙攣していたので
まだ微かに息があるのではと考える一方で、
これは単に死後の生理的な反応かも…などと
そんなことも冷静に考えていました。


でももうこうなったらどっちだっていい。


たとえ99.9%ダメだと知っていても、
周りからたとえ無理だと言われようと
そのとき私が子供に対してできることは
精一杯の手を尽くしたと納得してもらうこと。

そうしなければこの子はこの別れを
一生後悔するかもしれない。
最後に猫と関わったのが夫であったことで
父親を無意識に責めるかもしれない。
そうしたことごとはどうしても回避したい、
そんな計算が一瞬で働きました。


(もう手遅れだとは言えない…)


急ぎ動物病院に駆け込んだところで
もう蘇生できる確率は限りなく低い中、
動物病院に運ぶという決断をした私は
子供に嘘をついたと同じこと。

嘘をついたことで、子供にはかえって
一縷の望みを抱かせてしまったかもしれない。
見方によっては不誠実極まりない対応です。

これはまた、今にして思えば
自分で自分に対してついた嘘でもあります。
目の前のことを信じたくない気持ち。
手遅れだ、いや、そうではない、いや…という
丁々発止のせめぎ合い。

一見冷静だったかのようにも思えますが
こうして振り返ってアウトプットしてみると
私自身とてつもなく混乱していたとわかります。

なぜなら、たとえもし後悔したとしても、
本来それは子供自身の課題。

たとえ感情的になって夫を責めたとしても、
それは夫と子供の間の課題。


そんな、家族といえど誰にも取って替われない
他の人の学びの機会までも、

(自分がここでこうすれば…)
(もしかして回避できるのではないか…)

と手を出すのは、そうした学びの機会を
奪ってしまうのと同じこと。

こうした咄嗟の状況下であろうとも、
しっかり地に足がついていれば動じなかった。
しかし私の場合は一瞬にして浮き足立って
一切の抑えがきかなくなり、
あっという間もなく制御不能になりました。

家族というのは他人と比して
もともとお互いの境界線が緩かったり
曖昧だったりします。
なのでそんなラインはあっさり越えてしまって
いつもの傲慢さが炸裂し、結果として
土足で人の心を踏み荒らすようなことを
してしまったのでした。

それがどれだけ傲慢なことかにも
そのときは気がつかぬまま。
審議したり吟味するより前に
いち早く身体が先に動いてしまった。

生身の人間だもの。(言い訳)

こうして文字にしてアウトプットしてみると、
私が採用した思考・とった行動はどれも
“おためごかし”
でしかなかったと、そんなことにも気づきます。

子供のためと言いながら、これは私の欲のため。

私自身の傲慢な思い上がりから
こうした方がいいと勝手に子供の心の内を
慮って決めつけ、“私が考える最善”の
筋書き通りにすることで安心したかったがため。

つまり、自己満足以外の何ものでもありません。
子供も猫も、なにひとつそんなことは
望んでいなかったかもしれないのに。

いや、きっとそんなものは
誰も望んではいなかったと思います。
これは人間ならではのエゴのなせるわざ。
経験知をたのみにする比重が高い、私のような
頭でっかち人間の、至らなさ。

それでもなお私は、
お互いに慈しみ、愛し愛されたこの猫が
子供の腕の中で逝ったのだと思いたいし、
それがどちらにとっても最適な選択であったと
今も信じたい気持ちがあります。
思い込みもここまでくると
もう執着の域だなと苦々しく思います。

読んでくださってありがとうございます。
この続きはこちらです。

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