松乃あわ

映画をみる日々について

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日が暮れる部屋 /diary

外の空気に触れない日々がつづくので、昨日の雨が蒸発した匂いがして、空気が濃い。いつもは気に留めない嗅覚を意識すると眩暈にも似た感覚におそわれてまばたきが多くなる。眩しい。すこし遅れて、呼吸することの本能的なよろこびがやってくる。正午をめざす太陽がアスファルトに反射してつめたい冬のひかりが拡散している。紙パックにはいった1リットルのつめたい緑茶を買って、すぐにまた部屋にこもる。換気扇をまわす。 部屋のなかは16時半には暗くなってしまうから、わたしの生活は人工的なひかりを浴びる

    • 『ビフォア・サンライズ』(リチャード・リンクレイター ,1995)

      個人的な好みで言えば、会話劇の映画があまり好きではない。映像ではなく言葉で情報を伝えようとするのなら活字のほうがいい、と思ってしまう。 でも、この映画には「明日の朝まで」という期限つきの関係で、いかにして距離を縮めるかという前提条件があるので、お互いを知るためにはとにかく質問を繰り返さねばならず、会話劇でなくてはならないという必然性があった。 他にも、たとえばレコードショップの視聴室にふたりで入って物理的距離の近さにもじもじする長回しの演出や演技、ロードムービー的な街ゆくひと

      • 成瀬巳喜男の映画、《さりげない優しさ》について

        最近、成瀬巳喜男の映画を観るようにしている。年代はばらばらで、気が向いたものから観ている。成瀬はその生涯で89本の映画を撮ったそうで、すべて観ようと思えばそれなりに骨が折れる。 最近観たものは『めし』『乱れ雲』『乱れる』『秋立ちぬ』『浮雲』、成瀬巳喜男の映画を観たあとにいつも思うのは、あとに残る感情を言語化しづらい、ということ。作家性とも言い換えられる「違和感」がなく、ごく自然にその語りに観客を取りこんでしまう気がする。 小津の『秋日和』で、おじさんたちからどんなに失礼なこ

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