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いない風景にいる、野村克也

その光景は、荘厳だった。

選手全員が、ANA BALL PARK 浦添のグラウンドに集合した。
今日は、ビジターユニフォームの日か。さあ今日も練習が始まる。そう見守っていると、集まった全員がライト付近に集合し、二列に整列した。

その意味は、その場にいたすべての人に伝わっていた。アナウンスが流れる。

「今日は、野村監督の命日です。全員で、黙祷を捧げます。黙祷」

静かな時間が流れる。整列は狂いなく二本の直線を描き、皆頭を下げ、目を閉じ、哀悼と尊敬の意を表している。

今日は、野村克也の三回忌だ。

広がる空と芝は青く、清々しい。こうして偲ぶことの何と贅沢なことか。
まさに「荘厳」という言葉を使いたくなる空間だった。

午後、てだこサブグラウンドのキャッチャー特守には古田敦也がいた。

「マイクある?」

変わらぬ声と関西弁のイントネーションで、テレビカメラをセッティングするスタッフの元に近づいて来る。
カメラマンが差し出したピンマイクのコードを、Tシャツの中から首元に通す。メディアの人らしく、その動作は手慣れていた。

マイクある?古田敦也@au3_plum

自分の声を拾うマイクか。てっきり場内アナウンスで練習の解説でもするのかと思った。ということは、テレビで流す映像が作られるということか。日曜朝の「サンデーLIVE!」か、YouTubeの「フルタの方程式」か。ヤクルトの公式チャンネルではなさそうだが、ふむ。楽しみだ。

そうして、ホームベース付近に戻った古田コーチの元に、キャッチャーたちと衣川篤史バッテリーコーチが集まった。
燕陣を組み、大きな掛け声とともに始まったのは、二塁送球の練習だった。

今春の一軍帯同キャッチャーは、中村悠平、古賀優大、嶋基宏、内山壮真の4人。
順番に、ベースカバーに入る宮本丈、吉田大成、長岡秀樹、武岡龍世の内野手4人へ送球する。

古田コーチは、セカンドへの送球がアウトかセーフかを判定する。もちろんランナーはいない。送球は上に上がらないように。ベース付近に低くかつコントロールよく到達しているか、内野手たちのタッチを見て判定していた。
古田敦也は、通算盗塁阻止率第1位(.462)の記録保持者だ。ちなみに、2位は大矢明彦(.433)。ヤクルトは、野村克也以前から、キャッチャーのチームだった。

「アウト!」

古田コーチの声が響く。この場合のアウトは、正解だ。
「アウト!今のいいね、1ポイント追加」。突然、ポイント制になった。
「いいよ、1ポイント」「これも1ポイント」。どんどんポイントが追加され、つい笑顔がこぼれるキャッチャーたち。
ボールを投げ損ねても、「逸らさなかったのはいい」と褒めている。たしかに、「ヤクルトのキャッチャーは捕逸ダメ」。私もそう、古田敦也から教わった。

1ポイント!@au3_plum

それにしても、なんか優しいな。「古田さんは怖かった」って、後輩たちは皆そう証言しているのだが。

後半になるにつれ、内山壮真の球が浮き出した。野手のタッチは当然遅れる。
「んー、セーフ」「今のもセーフやな」。
そのまま、内山は「罰ゲーム!」となってしまった。

ふふっ、罰ゲーム。今年もか。昨年はモノマネだったが、今年は「階段ダッシュ」。
浦添運動公園にある急階段を駆け上がる。
古田コーチにピンマイクを付けたカメラマンが、「階段の上にいればいいですか?」と確認している。
あの階段、ダッシュどころか普通に上ることも憚られるほど、急で長い。さらっと「階段の上にいればいいですか?」と聞けるのは、余程の体力自慢なのか、プロ魂なのか。

見学に集まったファンも、古田コーチの後に続き、階段下まで移動する。距離は目と鼻の先だ。

報道陣に続き、古田コーチと難を逃れたキャッチャー陣が上っていった。内山は、階段の途中でスタートのキュー待ち。え、一番下からじゃないのか。

階段上からスタートの声がかかり、ダッシュで上っていく内山。上り切った後のカメラに向けたコメントに合格点が出なかったのか、やり直しを命じられていた。

昔とおんなじ!

宮崎・西都のキャンプでも有名な階段上りがある。そこで何度も後輩の渡会博文にダメ出しをしては階段上りをさせていた。悪童っぷりは変わらず。いや、コーチとして判断した、必要な練習メニューだ。

ダッシュ!内山壮真@au3_plum

野村監督。皆、あのころと同じく、明るく野球をしています。古田さんは、現場復帰2年目になりました。
浦添の空にたなびく、あのチャンピオンフラッグは、しっかり見えていますか。
やりましたよ、ヤクルト。あの赤いピンストライプのユニフォームを着た選手たちが、取り戻してきたんです。
私は、まるで黄金期の野球を見ているようだと思いながら、2021年のヤクルトを見ていました。
一人ひとりが一球一球考えながら打席に入り、一つでも先の塁をとるために走り、キャッチャー中村の“根拠ある”配球に、ピッチャーは攻めの姿勢で応えました。どうですか?ムーチョの27番。
ヤクルトの新たな歴史が始まります。
できたらこの場に野村監督にもいてほしかったと、私はそう思ってしまっています。
しかし、今日の古田さんを見ていると、そこにはやはり、野村監督がいると、そんなことも感じました。今日、黙祷の列にYSマークのTシャツを着た古田コーチがいたことは、神様の思し召しです。
ひとつ、お願いがあります。
昨季、高津臣吾監督は、選手たちに「絶対大丈夫」と言いました。
選手たちは、うれしかったんだと思います。この言葉に勇気づけられ、一枚岩のチームスワローズで戦い抜くことができました。
上の人になればなるほど、人を励ますことはあっても、励まされることはなくなります。高津監督にもぜひ、「絶対大丈夫」と、声をかけてもらえませんか?
いや、そんな関係ではないかもしれません。「まだまだできることはある。もっと頭を使え!」という声が、聞こえたような気がしました。
どんな言葉でも、戦う勇気をください。そうして、頑張る教え子のそばに、これからもいてください。

2022年2月11日 田村歩

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