60代の胃袋にたまげた話

働いている私がいうのもなんだが、インド料理屋は本当に量が多い。

毎度ランチセットやディナーセットを注文して、綺麗に完食されるお客様にはいつも感心している。


空になったターリー皿を眺めては、綺麗に食べてくれたね、また無理のない範囲で毎日来てね、と愛おしい気持ちでいっぱいになる。

かといって食事の残ったお皿はどうかといわれると、それはそれで趣がある。


たいていの場合、残すお客様は初めていらっしゃる方々だ。そして、なぜかうちのお店には、インド料理自体をあまり食べたことのない方が集まる。

なにが起きるか。注文をしすぎてしまうのだ。


「わぁ~すご~い!!!大きいねぇ」

別に自分がナンを作ったわけでもないのに鼻が高くなる反応は、本当に最初だけだ。次第にお客様たちは、自分の投げた賽の意味を知る。


どう考えても食べきれない量。

つぎつぎと運ばれてくる料理。


「ウッ、でっか・・・」

「どうしよう・・・」

「うわぁー・・・」



近付く胃袋の限界。




もういらない。



その一言を飲み込むがごとくカレーを流し込み、冷めて固くなったナンを永遠に噛み続ける。

必死の戦いの甲斐もなく存在感を放つナンやカレーを前に、風で消えそうな「ごちそうさまでした」の声。

爛々としていた瞳には影が落ち、テーブルに肘をつけた様はだらしなく、会話もない。動けないから店内にいるしかない、燃えカスのような姿。


この残飯と顔色のコントラストが、趣深い。

残した罪悪感に駆られながらも、グロッキーな顔は老若男女問わず、膝枕をしたくなる愛おしさがある。


なので飲み放題付コースが入ったときは大変だ。最後にカレーとナンが出る頃には、皆お腹いっぱいすぎてドリンクも出なくなる。

大学生ぐらいのお客様であっても、大量の残飯を出しつつ、この世の終わりのような顔で帰っていく。これもまた1種の醍醐味である。



そんななか、今日もまた飲み放題付コースの予約が入った。

来たのは60代ぐらいの女性グループ。小柄なおばあちゃんたちだ。


「とりあえず1杯目は生よねぇ?」

まだ前菜も出きっていないのに、次はワインでもいただこうかしら? と。

これもう負け戦だろ・・・。



でもここからが凄かった。

物足りないからとコース料理とは別に前菜を2つ注文し、ワインをヘビロテ。尻上がりの食欲は留まるところを知らず、スパイシーなカレーが食べたいわと追加。

白と赤の数を間違えて出してしまったときには「アルコールが入っていればなんでもいいのよ」とフォロー。大学生かな?

ひとしきり食べ終えたあと、〆は生かしら、と全員挙手。

残飯はほぼゼロ。「また来たいわぁ」と元気に帰られた。



思えば若者よりも老人のほうが、残飯が少なく感じる。

ボリュームのあるセットだと、成人男性がグロッキーになりながら完食するレベルなのだが、意外とご老人の注文率は高め。

初見で「あら、こんな量食べきれるかしら・・・?」といいつつ食べきる姿には、サムライスピリッツを感じる。

ご飯を残してはならない、という意識自体にも世代差はありそうだが、単純な胃袋のキャパが大きいんだと思う。


柔和な顔立ちのご老人たちが、食事を経てしょぼしょぼになりながら帰る風景を、どこか期待していた自分に気付かされた。

今度はどんなお客様に、どうたまげさせられるのだろう? と思いながらする接客は、なかなか悪くない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?