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静寂に生きる美女

私のもう一つの顔は、女性専用性感マッサージのセラピスト。
昨日も2人のお客様からご予約を頂いていた。
1人目のお客様と別れた後、次のご予約まで時間があったので新宿御苑のラボエムでランチ。
いつもの若鶏と青ねぎの和風パスタを注文する。
白いシャツの女性店員が笑顔でサーブしてくれる。
彼女は私がどんな仕事をしているかなんて、きっと想像もつかないだろう。
私の前に座っている楽しげなカップルも私がまさかAV男優で性感セラピストだなんて思いもしないだろう。
しかし、男性は私をどこかで観たことがあるかもしれない。
時々そんなAVファンの男性から声をかけられることがある。
以前、混み合った電車内で声を掛けられた時は気まずかった。
また、男子トイレで声を掛けられた時は今は勘弁してくれって感じだった。
声を掛けられないまでもじっと男性から見つめられることがよくある。
そんな時、ああ彼は私を知ってるんだなと思う。

食後のコーヒーを飲みながら店内を眺める。
ふと先ほどのカップルの男性と目が合う。
思わず目を伏せてしまう。
そんな自分が滑稽で思わず苦笑してしまう。
こんな仕事早くやめたいと思う。

今日の2人目のお客様は、私の人生において大切な出会いの一つと言えるかもしれない。
彼女はスタイルも良く、肌もきれいで、澄んだ大きな瞳に吸い込まれそうなほどの美女だった。
一つだけ違うのは、彼女の住む世界には音が無いということ・・・。
彼女は生まれた時から音のない世界で生きてきた。
それだけ・・・。それだけなのに・・・。
それだけの違いなのに、彼女の人生は健常者の私達とはとてつもなく違う人生を送らざるを得なかったことは間違いない。
良くも悪くも音に満ちた世界で生きてきた私には想像もつかない特別な人生を今も彼女は送っている。

見た目だけでは健常者と何ら変わらない。
しかし、そこにコミュニケーションが生まれた途端に彼女が特別であることを人は認識する。
彼女の発する言葉は子音がぼやけた言葉。
例えば「どうもありがとう」という言葉は「おうお、あいあおう」と聞こえる。
私は全神経を耳に集中して彼女のすべての言葉を聞き取ろうとした。
私は筆談のために分厚いノートを用意していたが、どうやら必要なかった。
彼女は私の唇の動きをその大きな瞳で捉え、ちゃんと理解することができた。
読唇術のレベルの高さ、その精度に驚かされた。
彼女の発する言葉は聞き取り難かったが、その表情はとても豊かで感情の機微を鮮明に伝えてくれていた。
そして身振り手振りのオーバーアクションも手伝って彼女の言いたいことは言葉以上に私にちゃんと届いてくれた。

今回私はコミュニケーションの本当の意味を彼女に教えてもらったような気がした。
お互いを集中して見つめあい、語り合う。
こんな濃密なコミュニケーションは今まで体験したことがなかった。
これまでいかに私たちは耳から入ってくる音に頼ってコミュニケーションしていたのだろうか。
コミュニケーションの何たるかを教わったような気がした。

彼女はずっと健常者と同等に扱われたいと思い、かえって自分を苦しめてきたと語った。
同じ人間などこの世に一人もいない。
男性にしかできないこともあり、女性にしかできないこともある。
高齢者だから知っていることがあり、若者だから知っていることもある。
すべてを同じにしようとするから歪む。
それに気づいた時、彼女はとても楽になったと。
世の中的には「人様に迷惑だけはかけるな」というのが常識になっている。
彼女もなるべく人に迷惑をかけないように生きてきたが、それが自分を苦しめてきた。
自分は特別な存在で特別な人生であることは間違いない。
だったらその特別を受け入れて、胸を張って時に迷惑をかけてもいいんじゃないか。
そう思い始めたそうだ。
その後は人に迷惑をかけることを恐れず、もちろん感謝の気持ちを持って、特別に今回はお願いをするということができるようになったそうだ。

私だって今後いつ人に迷惑をかける体になるかわからない。
とても心に響く話だった。
これは特別な人生を送ってきた彼女だからこそ到達することができた心の持ちようだろう。
素敵な女性に出会えたことに私は感謝した。

その後、私はベッドで彼女をいっぱい抱きしめた。
彼女のリクエストが「いっぱい抱きしめてほしい」とのことだった。
後ろから抱きしめ、上になり下になり、見つめあい、言葉は無くても、キスや愛撫で十分に気持ちを伝えあうことができた。
私は彼女の特別な人生を愛おしく思いながら抱きしめた。
そんなふたりに言葉はもう邪魔にさえ思えた。
どんな言葉も今の二人には嘘であり軽薄に思えた。

彼女は途中「うれいい、おえもうれいい」と言った。
この言葉は私の心に深く深く響いた。
私は「うれしいよ。僕もとてもうれしいよ。」と伝えた。
すると彼女はとびきりの笑顔を返してくれた。
この仕事をやっていて本当によかったと心から思えた。

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