異国の匂いを嗅ぐだけでいいから

これから始まる数日間の非現実への抑えきれぬ高揚感と、長時間のフライトで凝ってしまった体を存分に伸ばす解放感。

出国してからずっと、次に地上に立つときは異国の地だとは分かっていたが、今感じたものは想像通りか、それとも想像とは違ったか。

匂い。

その国の人々の好む香水か、生活に馴染んだスパイス、気温や湿度も作用してできるこの空気感。

それを嗅ぎに行くだけでいい。贅沢な食事やラグジュアリーホテルでのステイはなくて構わない。

ただ、その地で繰り返される日常に、数日だけ居候させてほしい。少しのお金なら用意しているから。

食器同士をカチャカチャいわせていただく昼食や、ずらりと並ぶたくさんの屋台のスープの匂い。

個性的な飲み方のコーヒーや紅茶の匂い、まさか融合するとは思えない食材たちでできた代物。

それらを嗅ぐだけでいい。

その地の人たちの大切な日常に、少しだけ居候させてもらう。親切な待遇は求めない。目の前の生活に一生懸命に生きる、その地の人たちの横顔を見せてもらうだけでいい。

そんなものを感じて、自分の中にゆっくり落とし込む。特別なアクティビティや豪華なパフォーマンスはなくていいから。

ただほんの数日間、匂いを嗅ぎたい。その匂いの中で夜を迎えて少し硬いベッドで眠りたい。

ひとりでいてもふたりでいても、感じたことを発信や共有したりしなくても。

きっと心の中でずっと味方でいてくれるだろう、旅人の特権を、恋しく思って自分の日常を生きる。

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