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『ストラスちゃんは普通じゃない』後編

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※キャラストーリーから召喚されるまでの間で出来事を捏造しています
そのためこの物語「後」のストラスは、ゲーム内で描写されているストラスとは異なっています。ifストーリーとしてお楽しみください
※ゲーム内には存在しないモブヴィータが登場します
※一部暴力的な表現があります。特に後編では出血等を伴う、(多少)過激な描写があります。ご注意ください
※その他設定の妄想・捏造・恣意的な解釈等あるかもしれません
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(前編はこちら

 村の女の子が暴漢に殺された。その噂を聞いたのは、さらに数日が経った後だった。最初は聞き間違いだと思ったけど、村の皆が沈んだ顔でいるのを見て、やっとその言葉に実感が伴った。
 殺されたのは木材屋の娘で、恋人の男に会いに行く途中だったとのことだ。だから外出は恋人以外誰にも知られておらず、その分村の守りが薄くなっていた。約束の時間が過ぎても来ないのを不審に思った恋人だが、結局その日は行方が知れず、娘が見つかったのは翌日の朝、奇しくも親が木材を切り出している森の中だった。彼女の遺体はお世辞にも綺麗な状態とは言えなかったようで、つまりは凄惨な暴行を受けていたということなのだろう。
 狭いからこそ平和な村から平和が失われれば、その狭さは一転して争いの種となる。両親はお前のせいで、と恋人を責めるようになり、恋人は自分だって被害者だ、と反発する。村の雰囲気は一気に悪くなり、いつも誰かの悪口がささやかれ、それがあっという間に広まっていく、そんな村になってしまった。
 そんな状態で村の守りが機能するはずもなく。
 暴漢がまた村を襲う。

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 私は畑での仕事を終え、カヨの待つ家へ帰る。仲間との雑談が楽しかったはずの仕事はいつしか誰かの陰口を聞く場になってしまい、憂鬱なものになっていた。だけど暮らしのためだ、辞めるわけにはいかない。皆の話に曖昧に話を合わせつつ、そんな煮え切らない態度が悪口の対象になることに怯えつつ、私は毎日を過ごしていた。
 この村はすっかり変わってしまった。カヨはそんな村の空気に弱ってしまい、薬が手放せなくなった。少しでも早く帰ろう、と私は帰途を急ぐ。
 その道中。身体の奥を刺激する嫌な感覚。この感覚は。まさか。背筋に汗が走る。
 家に近づくにつれその感覚は強まっていく。まさか。まさかまさか。いつしか私は走り出していた。
 そして家の前に着いて、その感覚は、男どもの下品な声を伴って、実態として私の目の前に現れた。
「カヨっ!?」
 居ても立ってもいられず勢いよく扉を開けると、すぐさま私は男に取り囲まれた。2人の男に一気に刃物を向けられ、さすがの私も抵抗ができない。
「ストラス……」
 見ればカヨも1人の男に刃物を向けられていて、衣服はズタボロ、身体は痣だらけになっていた。涙を堪えるその姿が痛ましく、私の心がぐしゃりと痛む。それでもまだ服は着ている。最後の一線だけは守れたようだ。辛うじて間に合ったと言ってもいいのかもしれない。でも。
「よう、姉ちゃん、やっと会えたな。ずいぶん探したぜ?」
 ボスらしき男が歩み寄ってくる。以前も見た男。部屋の中にいるのは、この男も含めて4人。あの時見た男たちか。
「何? 私に用ですか」
「俺のこと忘れたとは言わせねえぜ。姉ちゃんには恥をかかされたからな」
 私のことを覚えている。ということは。
「もしかして、私を追いかけてきたんですか」
「そうだったら何だ?」
 男はニヤニヤとした笑みを隠しもしない。
「ここに来るまで苦労したんだぜ? お前が腕利きの女なのはすぐに分かった。だがあの街からいなくなってるなんてなあ。何人かに『聞いて』みたが行き先は分かんねえときた、あんときゃ困らされたぜ」
 まさか。この街に来たということは。私がこの街に来たことを知っているのは。
「でもやっと、お前の行き先を知ってる女を見つけてなあ。……ああ、安心しろ。ソイツらも中々口を割らなくてな。アンタのお友達はちゃあんと秘密を守ろうとしたぜ」
「リリィ、マーサ……」
 まさか、彼女たちは私のせいで。
「ああ、確かそんな名前だったかなあ。今頃は幸せだと思うぜ、なんてったってずっと寝ていられるからなあ」
「――っ!?」
 それはつまり、彼女らは寝たきりになったということか。
「あなたたち、リリィとマーサに何をしたんですか!」
「ああ、聞きたいか? つっても、聞かない方が身のためだと思うがなあ」
 瞬間、頭に血が昇った。目の前が真っ赤になる。しかし身体が動き出そうとする寸前、男の声が届く。
「待て待て、あの女がどうなってもいいのか?」
 我に返る。カヨに刃物が近づけられている。
「せっかくまだ生きてるんだ、命は大事にしてやれよ、な?」
「あなたにだけは言われたくない……っ!」
 私の声が震えている。男はそれを恐怖由来だと思ったのか、さらに態度を大きくする。
「そんな冷たいこと言わないでくれよな、俺はずっとアンタに会いたかったんだぜ? この村ですら誰もアンタのこと教えてくれねえし、ったく上手く隠れたもんだよなあ」
 隠れたつもりはない、だけど。この村で私の過去を知っている者は、私の過剰な力を知っている者は、誰もいない。
 ということは。あの娘が殺されたのは。
「あまりにも吐かねえもんだから、ついうっかり1人殺しちまったぜ。そこまでする気はなかったんだがな」
 田舎者は遊びがいがねえぜ、と男は笑ってみせる。
 そうか。私は理解する。全部全部、私のせい、なのか。
 そして絶望する。普通の生活が送れていると思っていた。普通のヴィータに近づけたと思っていた。だけど。私のせいだ。私のせいで、村の普通がぶっ壊れた。私が普通じゃなかったから。私は何を思い上がっていたのだ。何を自惚れていたんだ。所詮私は。
 そう、私の思考が負に回転し始めた時。部屋の奥から苦しげな声が聞こえてきた。
「カヨ!?」
 声の主はカヨ。ベッドの上で身体を丸めて苦悶の表情を浮かべている。
「おいおいお前、まだ手を出すなっつったろ?」
「俺じゃねえですボス! この女が勝手に……」
 すぐに気づく。発作だ。私ははっと顔を上げ辺りを見渡す。薬を飲まさなきゃ。薬の瓶は机の上。早く飲まさなきゃ。じゃないとカヨが。私のせいでカヨまでが。そんなの嫌だ。カヨだけは救う。たとえこの身を犠牲にしても。私は心に決めて男を見遣る。
「分かったわ」
 焦っているのを見取られないよう、あくまで冷静を装う。
「あなたたちの狙いは私なのね。だったらもういい。私のことは好きにして。もう抵抗もしないわ」
 両手を上げ、絶望した心を素直にさらけ出す。男が勝ち誇った表情に変わる。
「だけどその代わり、1つだけお願いを聞いて」
 私は震える腕で机を指差す。
「あの薬、あれを、カヨに飲ませてあげて。それさえしてくれたら、私はあなたたちの言いなりになるわ」
 男は自ら机まで歩き、薬を手に取る。
「コイツか?」
 私が頷くと、男は瓶の蓋を開けカヨに歩み寄る。そして。
「おっと」
 芝居じみた動作で、男は薬瓶を床に落とした。場にそぐわない軽快な音を立て瓶が割れ、薬が飛び散る。
 何が起こったのか分からず呆然とする私の前、男は声を上げて笑う。
「馬っ鹿じゃねえのかアンタよお。お願いってのは対等な立場でするもんだ、そうだよなあ? 分かってんのか、俺は今、アンタより圧倒的に上の立場にいるんだ。お願いなんて聞く理由はどこにもねえだろ、違うか? ああ?」
 飛び散った薬をぐしゃりと踏みつけ、男は下衆な顔で見下してくる。そんな。私は、最も守りたい人さえ守れないのか。目の前にいるのに。涙がこぼれ落ちる。カヨは苦しみ続けている。そんなの嫌だ。私は。私は。許せない。私の大事なものを。普通の生活を。返せ。許せない許せない殺してやる殺してやる殺してやる。
「あああああああああああっ」
 思考より先に体が動いた。自分でも何をしているか分からない。私を取り囲んでいた1人の腹を殴り、怯んだ隙に短剣を奪い取る。もう1人が動けないでいる間に走り出すとボスの横をすり抜け、その勢いのままカヨの側にいる下っ端1人を刺し殺し、血まみれの剣を捨てると下っ端の剣を新たに奪い、カヨを背に守るように構える。ああ、私はこいつらを殺すつもりなんだ。遅ればせながら理解する。だけど止まる気にはならなかった。
 狭い家の中だ、壁を背にすれば囲まれることはない。無意識にそれを理解し、カヨの位置も頭に入れる。また人質に取られるのが最悪の展開だろう。
 次に斬りかかってきた子分2人は、ベッドに寄りかかるように倒れた下っ端を首元で掴み、盾とすることでいなす。なぜか、斬りかかってきた子分の方が悲鳴を上げる。仲間を斬った気分になっているのか。確かにさっきまで仲間だったかもしれないが、今はただの物言わない肉塊だ。それに勝つためには何だって利用する、それが戦争じゃないのか。この程度で何だ。つくづく思う。ヴィータは弱い。
 「盾」の隙間から怯んだ子分を刺す。右腕を傷つけただけだったが、もう彼はうずくまって動かなくなった。まだ左手も両足もあるのに。多少傷が深いとは言え、右腕だって取れたわけじゃないのに。
 こんな奴らに。子分を軽蔑の目で見下ろす。この程度の奴らに私たちは虐げられたのか。そう考えれば考えるほど怒りはふつふつと湧き出し、留まるところを知らない。
「はあああああああああっ」
 私が動きを止めたのは一瞬。盾にしていた下っ端を、再度襲ってきた子分に向かって投げつける。相手はそれを受け止めようとしてしまい足が止まる。
 その後ろから私が突撃した。避けられないと判断したのか、子分は意を決したかのように、飛んできた下っ端を盾に使う。私の真似のつもりか。だけど。
「本当あなたたち、バカだわ」
 私は速度を殺さぬまま盾にぶつかり、そして。
 盾ごと子分を貫き、串刺しにした。
「ーっ!?」
 予想外の攻撃だったのか、相手は白目を向いて気絶した。ヴィータの肉体は鉄ほどは硬くない。突きには無力だということが分からないのだろうか。それにいくら短剣であっても、ヴィータ2人重ねた分くらいの刃渡りはある。だから、貫くところさえ間違えなければ串刺しにできるのだ。そんなことさえ想定できないのか。
 刺さった剣を引き抜くのは面倒だ。気を失った子分の剣を奪い取り、私はまたカヨの前に立つ。乱れた息を整える。これで3人を無力化した。残りはボス1人。
 そう思った瞬間。
 後ろの窓が割れる音がした。ベッドの横、外に面した窓から子分が飛び込んできていた。しまった、外にも待機していたのか、考えていなかった。後悔するももう遅い、私の斜め後ろ方向から斬りかかる相手の剣は、もう防ぐには近すぎる距離にあった。
 私は迷うことなく覚悟を決める。そして。
「ええいっ」
 剣に向かって、思い切り左の拳を突き出した。拳は刀身の根元を捉え、勢いのついていない剣は軽く弾かれるような形になる。それでも刃は指に深く切れ込み、辺りに鮮血を飛び散らせた。鋭い痛みが一瞬、電撃のように身体を駆け巡る。
 しかし、それだけだ。
 避けられないのなら可能な限り被害を最小に。そう考えればやるべきことはシンプルだった。剣に速度が乗る前に斬られればいい。片手の拳だけで済んだのも良い判断だと自画自賛。
 こちらの動きを予測できていなかったのだろう、剣を弾かれたまま戸惑っている相手に対し、私はがら空きの胴に蹴りを入れ、距離とさらなる隙を作ると無事な右手で逆手に剣を持ち直し、右手を強く引く動きで相手の腹を掻っ切った。先ほどとは比べ物にならない量の血が飛び散り、相手はその場にどさりと倒れ込む。
 返り血を頭から浴びて私は笑う。白状しよう、私はこれ以上なく心躍っていた。久しぶりのこの感覚。一方的な蹂躙。殺戮。圧倒的な力の差。私の完全なる勝利だ。懐かしい快感に心の奥が震える。ああ、最高だ。なんて楽しいんだろう。
 今度こそ残りはボス1人だ。彼の表情にはもう余裕の欠片もない。私は剣を構え直すが、やはり左手には力が入らない。まあいいか。こんな奴右手だけで十分だ。唇の血をぺろりと舐め取り、私は突撃した。

 その後の記憶はない。
 気がつけば私だけが立っていた。目の前には、首元に短剣が突き刺さったボスが倒れていて。
 全身血まみれの私は家の外に飛び出ると、カヨのために助けを求めた。

 ☆

 次に目覚めた場所は病院だった。
 はっきりとしない頭で、ぼんやりと記憶を探る。
「……はっ!」
 思い出す。体の痛み、心の痛みが一気に蘇る。そして苦しんでいた親友の姿。
「カヨ! カヨは――うっ」
 身体を起こそうとして、全身に激痛が走った。久しぶりにあれだけ身体を酷使したのだ、仕方もないか。私は寝転がったまま辺りを見渡すと、隣にカヨが寝かされていることに気づいた。
「カヨ!」
 カヨは戦いのことを覚えているのだろうか。私の殺戮劇を見てしまったのだろうか。心優しいカヨには、あまりにも衝撃が大きかったに違いない。できることなら見られたくはなかった。カヨの心が傷ついていたらどうしよう。
「カヨ! ……カヨ?」
 そんな不安を隠しつつ名前を呼ぶが、何度呼んでも返事がない。まさか。
「あら、目が覚めましたか?」
 私の声に気づいたのか、看護師さんが部屋に入ってきていた。
「あ、はい。あの、カヨは」
「安心してください。まだ眠っていますが、命に別状はありません」
 その言葉を聞いた瞬間、私の全身から力が抜けた。
「そうなんだ、よかったわ」
 力が抜けすぎてぽろりと一粒、涙が溢れてしまった。私はそれを雑に拭う。
「よかった、無事で。よかった」
 何もかも最悪な夜だったけど、カヨを守れたのなら。それは、それだけは、よかったのかもしれない。
 少し安心した私は、それだけでまた深い眠りに落ちていった。

 ☆

 翌日目覚めると、身体はほとんど元通りになっていた。お医者さんには驚かれたけど、まさかメギドだからなんて言うわけにはいかない。適当にごまかしてやり過ごし、私は左拳だけに包帯を残して退院した。
 あれだけのことがあったのだ、家はさぞかし荒れているだろう。少なくともカヨが帰ってくるまでには片付けなければ。その思いで家に向かうと、そこには沢山の村人たちがいた。村の出来事は全員に筒抜けなのだ。当然皆は私が暴漢を倒したことを知っていた。だからそのお礼とばかりに、私の家を綺麗に掃除してくれているようだった。
 戦闘の跡はきっと酷かったに違いない。血まみれで、肉片や吐瀉物、排泄物なんかにまみれていただろう。だけど私が家を覗くとそれはほとんど残っておらず、それどころか、以前よりもぴかぴかに輝いているところさえあった。作業してくれている人たちにお礼を言うと、私は家の外に出てみた。外も汚れは取られていて、割られた窓も簡易的に補修されている。そのまま一周見て回ろうかと歩き出す。
「ねえ、ストラス」
 すると後ろから声をかけられた。振り向くと、そこにいたのは木材屋の奥さん。あの男に殺された娘の母親だ。
「あ、あの、えと」
 暴漢が来たのは自分のせいだと分かった今、奥さんになんと声を返していいか分からない。
「あなたが倒した男、どんなだった?」
「え?」
 想定外の質問にますます戸惑う私。
「私はね、悔しかったのよ。突然娘を殺されたことが、いえ、それ以上に、何もできない私が。できることならそんな男私の手で殺してやりたかったわ。ねえ、ストラスはあの男を殺したのよね? どうだった? 苦しんでいた? 辛そうだった? 痛そうだった?」
 その時のことはあまり覚えていない。私は曖昧に話を濁す。
「いえ、その、私も必死だったので、あんまり分からないです……」
「そう」
 私の答えに、奥さんは大した反応を見せない。
「正直ね、私すっきりしてないのよ。娘の仇をずっと憎んでいこうって、もし機会があるのならこの身にかえてでも刺し違えてやる、苦しませて傷ませて娘に手をかけたこと後悔させてから殺してやるって、そう思ってたんだけど、突然もう死んだって聞かされてもね。何と言うか、怒りの向けどころがなくなっちゃったみたいで」
 そう言う奥さんは、どこか老け込んだようにも見える。
「それでも、あなたには感謝しなくちゃいけないわね。ありがとう、ストラス。あいつを殺してくれて。よくやってくれたわ」
「いえ、私は私のために戦っただけです」
 戦ったことを褒められて、私は少し困惑していた。
「でもあなた、すごいわね。何人も男がいたんでしょ。よっぽど強いのね」
「そんなことないです。たまたま、相手の武器が分かっていたので」
 自分が強いと思われたくなくて、私は咄嗟に謙遜する。実際短剣を持っていると知らなかったら、使い慣れたスコップを槍代わりに構えていたかもしれない。そうであれば相性は最悪だ、勝てたかどうかさえ分からない。
 そんな私の言葉を受けて、急に奥さんの雰囲気が変わった。
「武器が……分かっていた? どうして?」
「え、えっと、たまたま夜道で見かけたことがあったんです。その時は運よく隠れてやり過ごすことができたのですが……」
「それはいつ?」
 どうしてだろう。奥さんの雰囲気が怖い。私はその剣幕に押され、考えもせずに事実を答える。
「えっと、果物屋さんの子が襲われかけたことがありましたよね、その後だったと思います」
「ねえ、それってうちの子が襲われる前のことよね」
「は、はい」
 ここで、奥さんの表情が完全に敵意で満ちた。声が冷たい。怖い。
「どうして」
 どうして、と聞かれても。私は質問の意図を掴みかねる。
「どうしてその時あいつを見逃したの。どうしてその時殺してくれなかったの。そうしてくれてたらあの子は死ななくて済んだ! 違う!?」
「えっと、でも、その時は……」
「うるさい! じゃあ全部あんたのせいじゃない! あんたには力があったのに! あいつを殺す力も、その機会もあったのに、どうして使ってくれなかったのよ!」
 待って。どうして私が責められてるの。少なくともこの点に関しては感謝される筋合いこそあれ、非難される筋合いはないはずだ。
「ちょっと待ってください。そんな、見かけただけでいきなり戦ったりなんてできないです!」
「いいえ、あんたは戦うべきだったのよ! 悪人を見かけたら成敗する、それが力を持つものの義務じゃなくて!? 正義に属さない力は悪なのよ、あなたも同罪だわ! だって見なさいよ、その結果が私の娘! どうしてくれるのよ!」
 ちょっと待って。義務だなんて、そんな言い方。
「私はただの農家手伝いです。戦う義務なんてないですし、できることなら私は戦いたくなかった!」
「何甘えたこと言ってるのよ! そのせいで! そのせいなのよ! 私の娘が!」
「あなたこそっ!」
 我慢できなくなって、私は声を張り上げる。
「力があったら、それは使わなきゃいけないんですか!? じゃあ私の意思はどうなるんですか! 私は強くなりたくてなったわけじゃないんです! 戦いたくなんてないんです! 普通の女の子として暮らしたいんです! なのに力を持っているからって、そんな望みは叶えさせてもらえないんですか! やりたいことが他にあっても、選択肢さえ与えてもらえないんですか! そんなのおかしいです! 私のやりたいことを私が決めて、何が悪いんですか!」
 ああ、やっぱり。言い返しながら私は悟る。普通じゃない私が普通を気取ったって駄目だったんだ。
「それに私だって! 私だって大事な人を傷つけられました。自分だけ被害者みたいな顔しないでください、私だって傷ついているんです!」
「知らないわよそんなの! それに所詮あなたの大事な人って、ただの友達でしょう? 私は娘が、しかも殺されてるのよ! あなたの友達はまだ生きてるじゃない!」
「そんな言い方……っ!」
 生きてるからいいとかそういう話じゃない。カヨのことをただの友達なんて言葉で切り捨ててほしくない。いくら何でも、言っていいことと悪いことがある。
「ひどい。流石に言い過ぎだと思います。謝ってください」
 ちょうど良いところにあった、と私は家の壁に立てかけてあったスコップを手に取り、構える。
「何、脅す気なの!? 戦いたくないとか言っておいて、都合のいいときだけ力を使おうとするつもり? あなたの方こそひどいじゃない!」
 頭に血が上りかけた。スコップを持つ右手に力が入る。そっちが譲歩しないなら、こっちだって容赦はしない。その覚悟で一歩を踏み出した、その時。
「止めろ2人とも!」
 ここでやっと、村の男が間に入ってくれた。私たちは引き剥がされ、お互いの姿が見えなくなるまで遠ざけられる。正気を取り戻した私は、少し短絡的になっていた思考に反省する。
 だけど奥さんは最後まで私を睨みつけたままで、謝る素振りさえ見せなかった。

 ☆

 次の日からが地獄だった。なぜか皆に、暴漢のボスが私を追ってこの村に来たことが知れ渡っていた。そのせいで昨日までは私に同情的だった村人も、木材屋の奥さんのように私を責めるようになった。カヨが家にいないこともそれに拍車をかけた。カヨは皆と仲が良かったから、彼女がいればもっと上手くやれたかもしれない。そう思うが私にはもうどうしようもない。
 私たちの家は清掃途中で投げ出され、私はそれを1人で片付けていった。誰も手伝ってくれないばかりか、時折邪魔までされる始末。畑に行っても仕事はさせてもらえなくなり収入も途絶えた。貯金はあまりないし、入院したままのカヨの治療費を含めれば、数日後にも底を突きそうな勢い。どうしてこうなったのだろう。私はどこで間違えたのだろう。
 それでもそんな様子をカヨに知られるわけにはいかず、私は笑顔でカヨのお見舞いに行く。今日も働いてきたわ、聞いて、こんなことがあったの、と嘘ばかりを並べ、いつも通りの元気な私を演じる。普通、友達にはこうして気を遣うものだ。そう思い込むようにし自分を取り繕う。
 誰もいない家に帰ると寂しさに気が狂いそうになる。自分が本当にひとりぼっちになってしまったような気がする。カヨに嘘をつき続けていることがその感覚を助長していることに、私は気づくことさえできていなかった。
 やっぱりこんなの普通じゃない。そう思ってもどうすればいいのか分からなかった。かつてはちょっと普通に近づけたと、普通の女の子がどういうものか分かるようになってきたと、そう考えていたはずなのに。どうして今は普通じゃなくなったんだろう。どうすれば元に戻れるんだろう。そもそもあの頃の私は本当に普通だったのだろうか。そんなことを考え、答えは出ず、寝付きは悪くなるばかり。何もかもが徐々に私を蝕んでいる気さえする。
 そんな生活を数日繰り返したある日。いつものように病院に行くと、
「もう、いいのよ」
 唐突にカヨに言われた。
「もういい。私のために嘘をついてくれなくたっていいの」
「嘘なんて……」
「私、知ってるわ。ストラスが今どんな状況なのか」
「カヨ、私にはあなたが何を言っているか分からない」
「もういいの。知ってるの。だって、この狭い村にいて分からないわけないでしょう。ましてや親友のことなのに」
 親友、の言葉にどきりとする。隠しきれていないことを悟ったが、私は抵抗を続ける。
「……カヨ、でも私」
「ストラス」
 私の言葉を遮るカヨ。珍しく強い語調に私は押し黙る。
「ねえ、どうしてストラスは普通が好きなの?」
「それは……」
 急な問いに、一瞬言葉が詰まる。
「この世界が、ありふれたヴィータの生活が好きだから。それなのに私は、あんな風にヴィータらしくない力を持っていて、その上なかなか生活にも馴染めなくて、それが嫌だったの。普通の女の子なら当たり前のように馴染めるはずなのに。だから私は普通になりたかった」
「そうよね。それなら、普通って何?」
「それは……、他の皆、沢山の人たちと違わないってこと、だと思うわ」
「なら、私は普通じゃないわね」
「えっ」
 予想外の言葉に私の思考が止まる。
「だって、私はこんなに身体が弱いのよ。皆みたいに働くことさえできないわ。そこを見れば私は普通じゃない。むしろ劣ってる、そうじゃないかしら」
 何も言い返せない。
「でも、私はこれを不幸になんて思ったことないわ。自分の身体が弱いおかげで、周りの人のことをよく考えるようになったし、辛い気持ちにも共感できるようになったの。私が優しくなれたのはそのおかげだと思う。だから、私は私でよかったと思うわ」
 カヨが何を言いたいのか、話の流れが見えない。私は黙って話に聞き入る。
「ストラスはよく『ヴィータは』ってひとまとめにしているけれど、でも、ヴィータだって皆一緒ってわけではないわよね。皆少しずつ違っていて、それこそが個性で、それこそが私たちヴィータのいちばん大事なものなのよ、違う?」
 怒らないで聞いて、とカヨは話を続ける。
「私はね、ストラスには普通になんてなってほしくないの」
 その言葉は、私にとっては大きな衝撃だった。
「私はストラスのことが好きよ。それは、ストラスがストラスだから。ストラスの言う普通、つまり皆と同じようになんてなってほしくないわ。ストラスはストラスでいてほしいの」
 普通ばかりを追い求めていた私にとって、その発想はあまりに衝撃で、理解するのに時間を要した。
「だって私、ストラスがいなきゃ死んでたかもしれないのよ。初めて会った時も、この前も。ストラスは自分の力を嫌っているけど、でも私が生きているのはそのおかげ。ストラスは私を救ったの。それも、2度も!」
 そこまで話してカヨが大きく咳き込んだ。私は近づいて背中をさする。苦しそうに息を荒げながら、それでもカヨは話を止めようとしない。
「だからね、力をなくして普通になるなんて、ストラスにはしてほしくない。ストラスの力を生かせるところはきっとどこかにあるわ。そうでしょう?」
 ヴィータ離れした私の力。もっと言えばメギドの力。それを生かす場所。確かに私は、それを知っている。でもそれは。
「でもそれはここじゃないわ」
 思っていたことをカヨが口にした。そして続く言葉もやはり、残念ながら、私の想像通り。
「だからね、ストラス。この村を出ていきなさい。そうするべきよ」
 私は自分の表情が凍りつくのを自覚する。
「そんな、でもカヨは……」
「そうね。私は、一緒には行けないわ」
 カヨは力なく頷いた。体の弱いカヨはこの村から出るのが難しい。
「嫌だ、カヨと離れ離れになんてなりたくない!」
 私はカヨを抱きしめる。細くて薄くて儚げで、決して丈夫ではない体。だけどその体は小さな力で私を引き剥がす。
「ううん、お願い」
「嫌!」
「今のままじゃストラスにとって不幸だわ。それは分かるでしょう」
 分かっている。けど。
「それに、私にとってもそうだわ。ストラスが来てくれるまで、私は村の皆に助けられて生きてきた。だけど今のストラスがいたら、私は助けてもらえないかもしれないもの」
 私は今村人に疎外されている。私と一緒にいたらカヨまでもそうなるかもしれない。収入がなくなった以上これは死活問題だ。分かっている。
「……でも、そんなの、私」
「お願い。私のためを思うなら出ていって。そしてあなたの力を生かせる場所に行って。今度は私ひとりだけじゃなくて、この世界の皆を救ってほしいの。ストラスならきっとそれができるわ」
 そうだ。カヨの言うことは何もかも正しい。私がこの村に残ったって未来はない。だけど。
「嫌っ……」
 今更気づいた。カヨと一緒に暮らせて楽しかった、それは私が普通に近づくことができて、それが嬉しかったからだと思っていた。でも違う。私はカヨのことが好きだったんだ。だから毎日あんなにも楽しかったんだ。
「私、カヨのことが好き! もっと一緒にいたい!」
「ええ。私もよ、ストラス。でもこうするしかないの。それがお互いにとってベストな選択、そうじゃないかしら」
「でも、もっと、他に何か……」
 他の方法はないのか。悪あがきをするが思いつかない。私は目を伏せる。
 そこでやっと気づく。さっきからカヨと目が合っていない。そうか。カヨだって苦しいはずなんだ。お互いの気持ちは一緒なんだ。それなら。
 私だって応えなくちゃいけない。覚悟を決める。
「……カヨ」
 少し時間を置いて、私は彼女の名前を呼ぶ。そして両手で彼女の顔を優しく包み、目と目を合わせるようにする。
「そうよね。私、この村を出るわ」
 カヨが小さく頷く。この瞬間、2人の心が完全に通じたような気がした。これはお互いにとっての最善だ。選ばざるを得ない選択肢だ。たとえどれだけ私の、私たちの感情が反対していようとも。
「さよなら、カヨ。今までありがとう」
「ありがとう、ストラス。ありがとう」
 もう言葉はいらない。カヨからの2度のありがとうは、私の胸の奥にすっぽりと収まった。

 そのまま病院を出て家に向かう。少し歩くだけでカヨとの出来事がいくつも蘇ってくる。2人で歩いた道、話した会話、持っていた荷物、着ていた服。何もかもを思い出して、そのどれもがもう更新されないことに気づく。
 この狭い村には思い出が多すぎる。それは一歩を踏み出す度に思い浮かび、心に深く満ちていく。どれもこれも楽しかったな。心の容量はすぐに一杯になり、溢れたものは涙となって流れ出した。とめどなく流れる涙を拭いもせず、私は決意する。私はカヨを守る。そのためにヴァイガルドの平穏を守る。そのために――戦う。この選択をした以上はそうするしかない。この選択を正解にするためには。
 ソロモンの指輪。それがあれば、ヴァイガルドでもメギドの力を振るえるようになる。そのことはメギドラル時代から知識としては知っていた。自分には関係のない話だと思っていたけど。
 ヴィータの中でも噂に聞くようになったハルマゲドン。それが本当に起こるのかは分からない。でもそれに対抗できるのは、メギドの力を持つ自分かもしれない。なら私は、ソロモン王を探そうと思う。

 これ以上感情が揺さぶられないよう、決意が揺らがないよう、手早く荷物をまとめ家を出る。隣町に辿り着き、そこでやっと空腹になっていたことに気づく。何か食べようと思いながら歩くと、行列のできている店を見つけた。
 ああ、ここはカヨと一緒に来たところだ。思い返せばあれが最後の外食だったな。散々泣いたからもう大丈夫だと思っていたけど、また涙が溢れそうになる。
 涙を必死に堪え、せっかくだし、と私は一番後ろに並んだ。しばらく待っている内に前の列は少しずつ短くなっていき、ついに私の直前まで来た。
 その時。
 体全体が何かに包まれた。それはとてもとても懐かしい感覚。そうだ、これはフォトンだ。そう気づくが早いか強烈な浮遊感がやってくる。一体これは何だろう。分からないが、なぜだか嫌な気分はしない。私は起こるがままに身を任せた。

 私はストラス。普通になりたかった女の子。
 そして今、普通から遠ざかろうとしている。

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Special Thanks!!

モミさん (Twitter)
こちらの絵を拝見することがなければ、この小説は生まれませんでした。
とてもとても素敵な絵なのでみんな見て。

また近いうちに、この絵からこの話が生まれた経緯などもお話できればと思っています。
このツイート以降のツリーで少し解説しています。

モミさん、快く紹介のご許可をいただきありがとうございました!

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私の他作品はこちらから。


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