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『ストラスちゃんは普通じゃない』前編

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※キャラストーリーから召喚されるまでの間で出来事を捏造しています
そのためこの物語「後」のストラスは、ゲーム内で描写されているストラスとは異なっています。ifストーリーとしてお楽しみください
※ゲーム内には存在しないモブヴィータが登場します
※一部暴力的な表現があります
※その他設定の妄想・捏造・恣意的な解釈等あるかもしれません―――――――――――――――――――――――――――――――――

「カヨ、帰ったわ!」
 畑仕事を終えた私は、家に戻るなり弾んだ声で同居人を呼ぶ。すると間髪入れず同じくらいに嬉しげな声が帰ってくる。
「お帰りなさい! まあ、そのお野菜は!?」
 玄関まで来てくれた少女は私の持つ袋を覗き込み、とびきりの笑顔を見せる。
「畑で採れたのをおすそ分けしてもらったの。採れたてよ、きっとすごく美味しいわ!」
「ついに収穫できたのね! じゃあ、今日の夕飯はそのお野菜を使いましょ。じっくり煮込んでポトフにするのなんてどうかしら」
「わあ、すごく美味しそう! でも私もう腹ペコで、煮込んでる間我慢できないかも……」
「ふふ。ストラスったら。それならケーキがあるわ。ご飯の後にって思ってたけど、先に食べちゃいましょうか」
「ありがとう! さっすがカヨね!」
 言いながら私はいそいそとケーキの準備に入る。机に食器を並べていくと、その間にカヨが紅茶を淹れてくれる。いい匂いにますますお腹が空くのを感じる。
「なんかいいなあ、こういうの。すごく普通って感じ!」
 私の言葉に、カヨはクスリと笑う。
「ほんと普通が好きね、ストラスは」
「もちろん! だって普通がイチバンじゃない。カヨもそう思うでしょ?」
「まあ、そうかもね」
 2人でケーキを食べる。働いている畑のことを私が話すと、家にいたカヨはご近所さんの話をしてくれる。そうしているうちに小さなケーキはあっという間になくなってしまったが、2人の会話は途切れることがなかった。

 私は今、カヨという少女と2人で暮らしている。体の弱い彼女は働くことができず、私の給料だけで2人分を賄っているから派手な暮らしはできない。けど、慎ましいながらもちょっとした幸せに気づけるような、そんな楽しい生活を送れている。そう、これはありふれた普通の生活。

 私はストラス。普通になりたい女の子。
 そして今、普通に近づくことができている。

 ☆

 カヨと出会ったのは私がまだ、リリィさんやマーサさんと同じ街に住んでいた頃。
 ある日私は街外れの路地で、少女が屈強な男どもに囲まれているのを見つけた。近くの街で暴漢が現れているという噂は聞いていたから、私は間髪入れずに助けに入った。無我夢中で男どもを蹴散らし、気がつけば皆逃げるか倒れるかしていて、誰ひとりとして立っている者はいなかった。囲まれていた少女は腰を抜かしているようで、壁にもたれて動けない様子だった。
 その少女がカヨだった。
 怖いから家までついてきてほしいと言われ、ついて行った先で夕飯をごちそうになり、もう遅いからと泊めてもらい、そしてずるずると時間は経っていき、気がつけば私たちは2人で暮らすことを決めていた。カヨはおしとやかで優しくてかわいい、まさに普通の女の子。私はそんな彼女に惹かれたし、そんな彼女と仲良くなれたのが嬉しかったのだ。リリィさんやマーサさんにこのことを報告すると、まるで逆ナンじゃない、とか、ますます男ができなくなるわね、と笑われたが、気の合う友達を見つけたのならと快く送り出してくれ、引っ越し祝いまでくれた。
 カヨは体は弱いけれど社交的で、皆に愛されるような女の子だった。カヨのおかげで私も沢山の友達ができて、移り住んだ村ではすごく心地のよい暮らしをしている。道を歩けば挨拶の声をかけられ、馴染みの店ではサービスしてもらえ、畑仕事に精を出し、時には子どもたちと一緒に遊び、家では親友がご飯を作って待っている。まさか私が、こんなに自然に友達を作ることができるなんて思ってもいなかった。私もやっと、ヴィータの女の子らしくなれたのかもしれない。そう思うだけで毎日楽しかった。
 そして何よりも嬉しかったのが、戦わなくてもよくなったことだ。前の街よりもずっと田舎の小さな村だから諍いはほとんどなく、ましてや決闘なんて起こりさえしかった。村で私の力が必要とされるのは、誰かが荷物を運んでいる時や、せいぜい野生の動物が畑を荒らしている時ぐらい。大した資源もない村は幻獣や盗賊のような外敵に襲われることもなく、村人は総じて平和な暮らしを送っている。
 それに、私がこの村に移ったのはリリィさんとマーサさんしか知らない。だから彼女たちさえ黙っていれば、腕試しとして私を求める者もこの村には来れない。そしてもちろんふたりにはばっちり口止めをしてある。手抜かりはない。
 こんな暮らしを私はこれ以上なく気に入っている。この暮らしがずっとずっと続けばいい、そう思うほどには。

 ☆

「カヨ、ただいま!」
 私は家に帰ると、いつもよりも元気な声を意識して呼びかける。
「今日は魚をもらってきたわ! カヨの焼き魚食べたいと思ったの、作ってほしいな!」
「お、お帰りなさい、ストラス……」
 やはりと言うべきか、カヨの声には元気がない。
「カヨ、どうしたの? 元気ないわね」
「ストラスも聞いたでしょう、果物屋さんの話」
 やはり知っているか、とストラスは目を伏せる。小さな村では情報の駆け巡るスピードは早く、誰か1人が知っているなら全員が知っているも同義だ。隠し事ができないからこそ平和が保たれている部分だってあるのだが、今日のような場合にはありがたくない。
「やっぱりそのことなのね」
 平和な村に突如訪れた悲劇。果物屋の娘が暴漢に襲われかけたらしい。偶然村の男が通りかかったおかげで未遂で終わったようだが、ずっと平和だった村に衝撃を与えるには、それは十分すぎる出来事だった。
「ねえストラス。私、怖くて。どうしようって。前に私を襲った奴らだったら。私を追ってきたのだったら。ねえ、次に狙われるのは私かもしれない。怖いわ」
「大丈夫よ」
 ストラスは震えるカヨをそっと抱きしめる。
「これも聞いてるでしょ。若い男の人たちが自警団を結成するって。普段から力仕事してる男たちばかりなんだから、相手が誰だとしたってきっと大丈夫。やっつけてくれるわ。それに――」
 そうじゃなければ私が倒す、と言いかけてやめる。せっかく戦わなくて済んでいるんだ。私は戦いたくないんだから、変に期待されたって困る。
「――それに、暴漢が狙うとしたらカヨじゃないと思うわ。だってあなたの胸じゃあね」
 咄嗟に切り替えていたずらっぽく言うと、カヨは少し笑顔を取り戻す。
「ちょっとどういう意味!? ストラス、その発言は見過ごせないわ」
「分からない? カヨの胸じゃ襲いがいがないって意味よ」
「分かってるわよ! はっきり言わなくてもいいでしょ!」
「あら、そうですかそうですか」
 私はとぼけて精一杯胸を張ってみせる。
「もうずるいわ、その胸ちょっと寄越しなさいよ!」
 カヨが私の胸に飛びかかる。
「ほんっと大きいわねこの胸! 腹立たしいわ、揉みしだいてやる!」
「どうぞ、でも知ってる? 揉まれれば胸って大きくなるのよ?」
「ぐっ」
「カヨの胸は揉むことさえできないわね、残念だわ」
「うるさい! 揉めるわよ!」
 カヨは私の手を掴んで自らの胸を揉ませようとしてくる。私は適度な力で抵抗しながら、カヨが笑顔になっているのを確認する。大丈夫、これでいいんだ。
 私はこんな冗談だって言えるようになった。同世代の女の子と上手くやれるようになった。私は間違ってない。これで合っている。普通のヴィータに近づけている。

 ☆

 それから数日後。仕事が休みの私は昼までゆっくり寝た後、カヨと2人で出かけていた。散歩がてら隣町まで行って消耗品を買い足し、行列のできる名店に並んで久々の外食を楽しむと、帰る頃にはすっかり辺りが暗くなっていた。
 カヨが夜に出歩くことは珍しい。体が弱いから外出すること自体が少なく、ましてや夜はたいてい家にいる。いつもより口数の多いカヨと歩きながら、何か嫌なことが起こらなければいいけど、と思う。だけどこうした時に限って不安は的中してしまう。
「カヨ」
 私は鋭く呟いて、カヨの話を止める。カヨは怪訝な表情。それもそのはず、何かが見えたわけでも聞こえたわけでもないからだ。私は「感じた」のだ。それは言葉で表すのが難しい、身体の奥が刺されるような感覚。この村に移り住んでからは久しく味わっていなかった感覚。これは、――殺気だ。
 自然と臨戦態勢に入る私。静かに、とカヨに合図する。
 私は荷物ごとカヨを抱き上げると、音を立てないように道の端を越え、草むらに入り込む。その奥でしゃがめばちょうど私たちがすっぽりと隠れる形になりそうだ。カヨを下ろし、私自身も姿勢を低くする。徐々に近づいてくる殺気をそこでやり過ごそうとした。人数は男が3,4人といったところか。話す声も聞こえてくる。内容までは聞き取れないけど、その口調と笑い声だけで十分不快にさせられる。
 早く通り過ぎて。そう願えば願うほど時間は長く感じる。気が詰まる。苦しい。だけどここで気づかれるわけにはいかない。私たちは必死に息を殺す。今ばかりは自分の服の、派手な色合いを恨めしく感じた。
 永遠にも感じられる時間が経ってやっと、男たちが私の前を通り過ぎようとした。気づかれないよう細心の注意を払いながら、殺気の主を確認する。その姿を捉えた瞬間、私の記憶が一気に呼び覚まされた。
 この男を、私は知っている。思い出す。そうだ、この男は、私がカヨと出会った時彼女を襲おうとしていた奴だ。
 カヨがそれに気づいていないことに安堵する。でもどうして奴がここに。偶然なのか、それとも。数日前に果物屋の娘を襲おうとしたのもこの男なのか。疑問ばかり頭に浮かぶがその答えは得られない。それなら考えたって仕方がない。とにかく今はやり過ごす、そのことだけに集中する。
 苦しい時間を耐え切った結果、男たちは私に気づくことはなく通り過ぎていった。私はその後姿を眺め、ふと思う。
 ――今こちらから仕掛ければ確実に勝てる。
 相手の武器は短剣ばかり。背後から1人を倒して武器を奪い、混乱に乗じて2人目、3人目も一気に倒す。1対1にさえしてしまえば、同じリーチの武器なら負ける気がしない。
 そう考えたのも一瞬、私はその思考を捨て去る。今私が戦う必要はどこにもない。なら自分から戦いに行く必要はない。だって私は戦いたくないのだから。そのまま男たちを見送り、姿が見えなくなって、念の為さらに少し時間を置いてから草むらを出た。
「……カヨ?」
 後についてくるはずの姿が見えない。草むらに戻ると、カヨはそこですっかり眠り込んでいた。
「もう、カヨったら」
 でも無理もないか。村に暴漢の話が広まって以来、カヨはほとんど外出していなかった。久しぶりに外に出て数時間歩き回って、疲れ切ってしまったのだろう。
「仕方ないなあ」
 私はまたカヨを抱き上げると、ゆっくりと村に戻っていく。カヨは細い方だとはいえ、両腕にはずっしりと重みが伝わってくる。だけどその重みはどこか心地よく感じられた。
 さっきの判断は間違っていなかった。幸せそうに眠るカヨを見つめ、私はそう確信していた。

 ☆

 村の女の子が暴漢に殺された。その噂を聞いたのは、さらに数日が経った後だった。最初は聞き間違いだと思ったけど、村の皆が沈んだ顔でいるのを見て、やっとその言葉に実感が伴った。
 殺されたのは木材屋の娘で、恋人の男に会いに行く途中だったとのことだ。だから外出は恋人以外誰にも知られておらず、その分村の守りが薄くなっていた。約束の時間が過ぎても来ないのを不審に思った恋人だが、結局その日は行方が知れず、娘が見つかったのは翌日の朝、奇しくも親が木材を切り出している森の中だった。彼女の遺体はお世辞にも綺麗な状態とは言えなかったようで、つまりは凄惨な暴行を受けていたということなのだろう。
 狭いからこそ平和な村から平和が失われれば、その狭さは一転して争いの種となる。両親はお前のせいで、と恋人を責めるようになり、恋人は自分だって被害者だ、と反発する。村の雰囲気は一気に悪くなり、いつも誰かの悪口がささやかれ、それがあっという間に広まっていく、そんな村になってしまった。
 そんな状態で村の守りが機能するはずもなく。
 暴漢がまた村を襲う。

(つづく 後編はこちら


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