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「安達としまむら」1巻を読んで。

はじめに

社会人になる前まではよくアニメを見ていたのですが、ここ最近は結婚をして子供が産まれたこともあり、年に1本程度気になったものを見るくらいにアニメから遠ざかっていました。
そういえば今年は何もアニメを見ていないなと振り返った昨年11月ごろ、適当にAmazon プライムを眺め、なんとなく目に止まった「安達としまむら」を視聴することにしました。そして衝撃的に突き刺さりました。

2021年の正月に原作4巻から9巻まで、更にBlu-ray1、2巻の特典小説を読みました。
アニメは原作4巻までの話で終わっているので、その先を読むことでロスを埋めようとしたのですが、見事に更なる深みの沼へ沈んでいくことに。
駆け抜けるように4巻から9巻まで読んだものですから、もう一度1巻から読み直すことにしました。
このnoteでは1巻序盤の制服ピンポンから中盤の安達クエスチョンにかけ、少しずつ変わりゆく「このときの安達orしまむらはどんな心情なのか」といった考察をしていき、底が見えない沼を探検したいと思います。

ネタバレ全開になると思うので、未読の方はブラウザバック必須です。

制服ピンポン

この章はしまむらの語りで、今後の展開から予想できないほど、しまむらが安達に心を寄せています。とはいえ制服ピンポンでの安達は所謂「初期安達」で、しまむらへの特別な想いは芽生えていませんし、しまむらもまたそのような感情はありません。制服ピンポンは「安達としまむら」における女子高生同士の友情を表現した章です。
制服ピンポンはある週の月曜日から金曜日までの出来事が書かれた作品です。ここで大きく取り上げたいものがあります。それは最初の月曜日、しまむらは安達について

知ってることはそこそこで、知らないことは山ほどある。それらの大半は、わたしが知る必要のないことだ。(入間人間「安達としまむら」p.13より)

とありますが、金曜日には

安達について知らないことは山ほどあって、時々それを歯痒く思う。(入間人間「安達としまむら」p.54より)

と変化しています。
この変化に至るまでの過程と、なぜそうなったのかを考察していきます。

月曜日はほぼ紹介で終わってしまうため、翌日火曜日から始めます。
体育館の二階でいつものようにサボっていた二人は、下のコートで同じクラスがバレーボールをしている場面に出くわします。こそこそと先生や同級生に見つからないよう隠れていると、しまむらは悪いことをしている気になり、以下のように文が続きます。

 二人で隠れるように屈んでいると、悪いことをしている気になる。いや当然悪いことなんだけど、安達とその悪いことを共有するのは、適度に楽しい。相手が安達だからはまったのか、それとも単にいけないことをしている感覚に酔っているのか。 
答えはすぐ出るけど、敢えてぼやかす。(入間人間「安達としまむら」p.24より)

安達と悪いことを共有するのがなぜ楽しいのか、その答えは「相手が安達だから」に他ならないと考えます(答えがないのでここも考察)。日野と永藤のように真面目な友人と真面目な付き合いをするより、ちょっと不良っぽい安達と誰にも見つからないように授業をサボって卓球し、そういう関係だから悪いことを共有することでより秘密めいた間柄になる。楽しくないはずがありません。

ちなみに考察する上で原作小説とアニメを同時に見ていたら気づいたのですが、ここのシーンの会話は原作とアニメで逆になっています。キャラクターに合ったセリフに寄せただけだと思いますので、深い意味はないでしょう。

しまむらが日野、永藤の三人で帰宅しているとき、安達が一人でいるのを見つけます。すれ違う二人はお互い知らぬ顔をして通りすぎますが、そのときにしまむらは

 なんだこの恥ずかしく、落ち着かない感じは。付き合っていることを周りに秘密にしているカップルじゃないんだから(入間人間「安達としまむら」p.30-p.31より)

と普通の友達とは少し違った感情を抱きます。もちろんこれは恋愛感情ではなく、体育館の二階で授業をサボる秘密を共有した友達という間柄から生まれるちょっとした特別な友情関係だからでしょう。ただこう思うことで普通の友達とは明らかに違うことがしまむらの中でも明らかになります。

そして翌日水曜日、3時間目になってもなかなか体育館の二階にやってこない安達をムダに心配して待つしまむらですが、結局昼前になってやってきます。
数少なめに会話をし、「じゃ、帰るわ」と来た道を戻ろうとする安達にしまむらがこう呼び止めます。

「今日授業を受けようと、今日一緒に帰ろうなら、どっちがいい?」(入間人間「安達としまむら」p.35より)

この呼びかけは制服ピンポンを語る上で外せないセリフの一つでしょう。これまで一緒に授業をサボりはするけども一緒に帰ることがなかった二人ですが、授業に受けようもしくは一緒に帰ろうとしまむらから行動に移す名シーンです。貴重です。しかし「じゃ、帰るわ」と暇そうにしているしまむらを置いて本当に帰ろうとする安達も貴重です。まさに制服ピンポンが唯一特別な感情を持たない女子高生同士の息遣いが感じられる話だということがわかりますね。
で、安達は授業は受けないけど、学校の外で適当に時間を潰してしまむらと一緒に帰るという選択をします。この絶対に変とされる選択がしまむらの期待値を超えたようで、早く学校が終わって安達と一緒に帰りたいと思うのです。

学校が終わり、先に待っていた安達と合流するしまむら。自転車に二人乗りをして安達の家へと向かうのですが、その道中に注目すべきやりとりが書かれています。

「安達は? 友達いる?」
「んー……しまむらぐらいかなぁ」
「せめー」
 などと言いながら、少し嬉しかった。安達からしてみれば喜ばしいことじゃないだろうけど。(入間人間「安達としまむら」p.40より)

安達にとっての友達がしまむら一人しかいないことを知り、嬉しく感じるしまむらです。あら? ちょっとした独占欲…?
このように「初期しまむら」は安達に心を持っていかれているような、そういう描写がよくなされています。一見すると今後の展開はしまむら→安達になっていくんだな、と予感させられます。しかしそれはミスリード。いや、ミスリードというよりは、この感情は決して恋心からくるものではなく、少し特別な友達だからだと今後の展開でわかっていくのですが…。
なんやかんやで安達の家にたどり着き、そこで別れて徒歩で帰路に着くしまむらは安達のことを考えます。

 授業にも参加しないのに自転車で二十分かけて学校に来るとき、安達はなにを考えるのかな。
 いつもより遠い帰り道をなぞるように歩きながら、少しだけ安達の胸の内が気になる。
 今日、友達の話をした。
 次は学校の話をするべきなのかもしれない。(入間人間「安達としまむら」p.47より)

恐らくこの段階で安達自身少し感情に変化がついたんじゃないかなと察することができます。
少し前に戻りましょう。昼前に体育館の二階にやってきた安達は、そこにいたしまむらを見て安堵したような表情を浮かべる描写が書かれています。そして「ピンポン球の音も聞こえた」から来てみた、というようなことを言います。それについて「そんな遠くに聞こえるほど、大きな音を立てていただろうか」としまむらは疑問に思います。恐らく安達は「ピンポン球が聞こえたから体育館の二階を覗きにきた」のではなく、「帰ろうとしていたけどしまむらのことが気になって体育館にやってきたらピンポン球の音が聞こえた」が真実であると考えられます。
安達自身にもしまむらに対して能動的に行動を起こしつつあるように、そんな変化を感じとることができます。とは言ってもまだまだ初期安達なので「じゃ、帰るわ」となってしまうのですが。
「次は学校の話をするべきなのかもしれない」について、これも少し前に戻り、安達への提案に「今日授業を受けよう」が含まれていたのを覚えていますでしょうか。しまむらは徐々に授業に出ようという姿勢を見せていきます。それは次の章の未来フィッシングで語られているのですが、一緒に二年生に進級した方が楽しいと考えているからです。
安達と一緒に進級したい。つまり今後も継続した関係を望んでいることがわかります。そして「次は学校の話をするべきなのかもしれない」と続いていくのです。

その翌日木曜日、日野と永藤が体育館の二階へやってきます。ここで初めて安達としまむらが友達同士であることが第三者に発覚します。しまむら以外にはまだ心を開いていない(この先も日野永藤に対して完全に開くことはないのですが)安達は、一言二言軽い挨拶を交わし、それ以降はまるでそこに存在しないかのように自分だけの壁を作って閉じこもってしまいます。(しまむらと二人きりの空間を邪魔されて拗ねているだけなんですが)
日野がしまむらに釣りに行く約束をしたあと、しまむらは齧りかけのパンを持ったままぼーっと遠い目をして黙っている安達を見て、以下のように続きます。

その目つきに不安とある種の予感を覚えて、小さく溜息を吐いた。(入間人間「安達としまむら」p.53より)

この不安とある種の予感とは、翌日金曜日に安達が体育館にやってこないことでした。そしてその予感は当たってしまいます。
ここで水曜日に戻りましょう。前日にしまむら、日野、永藤の三人で帰っている最中に一人でいる安達を見かけ、何も声をかけずに素通りした翌日のことです。
その日も安達は体育館になかなかやってきませんでした。昨日の出来事が引っかかるしまむらはこう思います。

もし昨日のすれ違いが原因で安達がここに来なくなったなら、一生……は無理としても、半年ぐらいは後悔すると思う。半年経ったらクラスも替わるし記憶はインクのように薄れていく。(入間人間「安達としまむら」p.32より)

この時点で安達との関係が希薄になるのではないかと一抹の不安を感じます。いつ目の前からいなくなってもおかしくないような、安達はそんな蜃気楼のような曖昧な存在とも思っていたのでしょう。そして金曜日に体育館にやってこなかった安達に対し、もうここにはずっと来ない、ここで会えないなら出会う機会は激減する、運が悪ければ卒業まで顔をあわさないかもと「安達に会えない」ことに対して相当な不安を抱いています。この火曜日から木曜日にいたるまでの出来事が安達といると楽しいと思えるようになった、この先々へと繋がる重要な週であったということがわかります。
そして「安達について知らないことは山ほどあって、時々それを歯がゆく思う」と感じるようになったのです。

放課後、帰宅途中のしまむらを見つけた安達が背後から「どーん」としまむらを小突くわけですが、そこで安達に出会えたこと、体育館に来なかったのは安達が捻くれてるのではなく拗ねていること、安達にとって友達が自分しかいないことがわかります。更にしまむら・安達・日野・永藤の四人が微妙な繋がりを持ったことに微かな高揚感を覚えるのです。

未来フィッシング

ちょっと制服ピンポンだけで4,500字も書いてしまったので自制します。

この章は制服ピンポンの翌週についてのエピソードが書かれています。物語はしまむら視点で進みますが、ここでは安達の変化について焦点を当てていきます。

ご存知の通り、安達はしまむらのことが好きになります。そして段々としまむらに対するアクションが積極的になっていくのですが、その最初のアクションが未来フィッシングで書かれています。その最初のアクションというのがバイトで疲れたから、と言ってしまむらに膝枕をしてもらうことです。きっかけは本当にバイトで疲れていたからなんだろうなとは思うのですが、このやり取りがあったから「安達がしまむらに甘えることの心地よさ」を覚えたのじゃないかと思います。
ちなみにしまむらの「ま、いいか」はここで初登場します。ずっと膝枕をして足の痺れを感じてきたしまむらですが、そのまま続けて安達に甘えさせることにした姉力です。二人の距離がグッと近くなってますね。

その後の放課後に二人は初めて出かけるのですが、そのときのやりとりで安達がしまむらに対し「美人」と評したり、しまむらに彼氏がいないことを知ると「みんな見る目がない」と言ったり、やたらと外見を褒めています。これまでの安達と大きく変わっていますね。
そしてドーナツを食べる場面。しまむらがエンゼルフレンチを選ぶと、安達も同じものを買おうとしていたのですが、同じものを買うことを嫌った安達はハニーディップに変更します。この後のシーンで安達がしまむらに自分のドーナツ(ハニーディップ)を少し分けます。きっとこれがやりたかったために、ドーナツが被ることを嫌ったのでしょう。するとお礼にとしまむらが一口齧ったエンゼルフレンチを差し出してきます。
この場面、安達にとって間接キスとなるため妙な間が生まれるのですが、ここでいったん制服ピンポンに戻ります。しまむらが飲んでいた水のペットボトルを安達に差し出すシーンがあります。

 少し飲んでから、安達にペットボトルを傾けて差し出す。
「飲む?」
 安達がペットボトルを受け取って、三分の一ぐらい勢いよく飲む。(入間人間「安達としまむら」p.58より)

これは先週金曜日の話、つまりドーナツのくだりから三日前の話なんですが、同じ間接キスとなるのに全く印象が異なります。
この土日で何があったのか、安達の視点では描かれていないのでわかりません。マジで考察、というか想像するしかありません。
ドーナツを食べ終えた二人は駅の外へ出るのですが、そこで安達が意を決したようにしまむらの手を握ります。未来フィッシング屈指の名場面が次から次にやってきますね。最高です。
このように前章と比べると安達のしまむらに対する想いが急に変化してきているのです。それはなぜなのかを考察すると、先週火曜日にしまむらと一緒に帰っていた日野と永藤を見たこと、そして木曜日に体育館の二階にやってきた日野と永藤が大きいのではないでしょうか。友達がしまむらしかいない安達からすると、一緒に帰ったりわざわざサボり場所を見つけにやってきて昼ごはんを食べる日野と永藤はしまむらととても仲の良い友人に見えます。
それを見て拗ねたわけですから、この頃から安達の独占欲の強さが窺えます。そうして独占欲の強い安達が取った行動が、膝枕をしてもらう、放課後一緒に出かける、ドーナツをわける、手を繋ぐといった行動に出たのではないでしょうか。他の友達よりも距離が近くなりたいという思いが強くなったために。
その後ヤシロが登場して安達が先に逃げるよう帰ってしまうのですが、次の章安達クエスチョンで弁明されています。

 この間の駅前に現れた宇宙服は一体何だったのだろう。しまむらの話に出ていたし実際会ったけれど、根本的に謎だらけだ。私が話しかけられたら逃げるけど、しまむらはそういう相手にもちゃんと対応する。しまむらは良くも悪くも中立的だった。
 その中立に自分も含まれているのだと考えて、あのときはつい、態度に出てしまった。(入間人間「安達としまむら」p.129より)

甘えさせてくれたり手を繋いでくれたのは距離が近くなったのではなく、単にしまむらが中立の立場を取っただけであったことに気づき、逃げ出してしまったと。切ない。

こうして未来フィッシングでは安達の変化がしまむら視点で表現されていきます。

安達クエスチョン

他の友達より少しだけ特別な距離感が欲しいと強く思う安達はしまむらとキスする夢を見ます。この夢を境にしまむらへの想いが友情を超えて恋心に変わったのだと思います。
この章は安達視点で進行し、しまむらとキスした夢を引きずって自爆していく様子が描かれています。特にこの時の心境やいかに、といった考察が必要ないほど安達は自分の心と共に素直にしまむらの沼へはまり込んでいきます。

ひとつ気になる場面があるとすれば、しまむらの家にやってきた安達がしまむらの部屋が一階にあることについて疑問に感じ、

小学校のときによく遊びに行っていた家の子も、部屋は二階にあることが多かった。(入間人間「安達としまむら」p.132より)

と続きます。
安達、昔は友達いたんだ…。しかも「部屋は二階にあることが多かった」とあるので、少なくとも一人の友達ではなく数人いたことが示唆されています。しかしその後、昔の友達のような存在が語られることはなかったので、たるちゃん以上に関係が立ち消えになってしまったのでしょう。

おわりに

今回は1巻の段階で、安達としまむらはお互いのことについて変化する想いについて考察しました。安達は今後もどんどんドツボにハマっていき、しかも一人称視点で書かれる地の文がとても素直なのでわかりやすいです。が、しまむらはやっぱり難しい。5巻、6巻を穴があくほど読むしかない…。
というわけでまた読み直してきます。

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