感情史はトレンド
ユネスコの無形文化遺産に和食が登録されて以後も「今の食生活を続けると。。」という恐怖マーケティングはなくならない。各時代、食生活、食品市場に独特の感情・気分の流れがある。それを筆者の記憶で振り返る。
<食糧難から解放され不足分を補う商品>
食糧難の時代の体験はないが子供の頃の食生活は貧しかった。当時、政府の目標も庶民の要求もとりあえず腹いっぱい食わせろだった。
筆者が調査会社で食品市場にかかわった当初は「タンパク質が足りない」「ビタミンが足りない」という感情訴求がされ、「マミアン」という商品がクレージ-キャッツの谷啓(誰も知らない!)を使ったTVCMと、かの武田薬品工業がビタミン強化米や炊飯時に投入するビタミン剤を売り上げていた。武田薬品に食品部門があった(今はない)ことからも栄養面では深刻な不足があるとの感情が支配していた。
コメは長いこと配給制で、ガリオア援助も米でなく小麦粉主流であったことと、よく知らないがアメリカでは米ではなくパンが主食であるらしいとの雰囲気から、戦後の新しい核家族の朝食はパン(食パンとトースターの普及)という家庭も増えた。
飽食と言われるのはだいぶ後だが、満たされた食品市場にいろいろな感情、雰囲気、気分が唱えられ、一部はトレンドと言われた。
<感情・気分・雰囲気はトレンドになる>
市場調査会社で最初に実感した食品市場の感情・気分は「動物性よりも植物性」だった。パン食が定着する中でバターが嫌われ、マーガリンが支持された。理由は植物性油脂は健康に良いが動物性油脂は心臓病の原因になるというものだった。動物実験などのエビデンスデータを見た記憶はないが相当の勢いで広がった時代の感情・気分であった。
同時代体験ではないが1968年に中華料理店症候群事件がアメリカで起こり、日本でも味の素忌避が激しくなった。マウス実験のデータが示されていたが、追試で当初の実験計画がいい加減なもので、結果はグルソー摂取は無関係とされた。
ところが味の素忌避はスティグマとして今も残っており、最近では料理家のリュージがX(twitter)で炎上した。
これらは天然・自然志向の感情・気分でまとめられる。化学に雰囲気のあるコーラ(骨が溶ける)、添加物などが忌避された。NHKが商品名を言えないと味の素を化学調味料と言ったことの打撃は大きく「さとうきびから味の素」キャンペーンも不発に終わっている。
また、減塩キャンペーンもこの時期に始まっている。味噌メーカーがひしめく長野県知事が「塩分の摂り過ぎ」で反みそ汁を唱えたため反発も大きかったが、当時の成人病(生活習慣病)や腎臓病の忌避成分であり、減塩感情・気分は落ち着いて食品市場で一定の割合を減塩商品が占めている。
<Covid19パンデミック以降の消費者の感情・気分・雰囲気:トレンドはなくなった>
コロナパンデミックは食生活とは直接的関連はないが、外食、外飲みが極端に減ってパンデミック後も大きく回復はしていないようである
コロナウイルスの強烈さで、「○○に良い食品、よくない食品」という情報のインパクトがなくなっている。
あれこれ食品情報に振り回されるより、今の食生活を続ければよい、という気分・雰囲気に落ち着いているように見える。
これは、安全、滋養強壮、美容といったプラス価値を食生活に求めるより、現状に安心していたいという感情・気分である。
この安心、現状維持志向の感情の流れは、トレンドがなくなったということで、新商品への期待も弱い状況を作っている。
消費者の関心領域が食以外に広がったこともあり、食品市場の閉塞感は強い。これを破る新商品を生み出していきたい。