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本との対話1:絶版「綿とシルクロード」糸と織物の技術史

奥村正二著
1985年7月10日初版発行

著者略歴:1913年 滋賀県に生まれる
1937年 九州大学卒業(機械)、以来工場の現場暮し20年。
1957年 自由業(弁理士)となり現在に至る。 技術史研究を余暇の趣味とする。(本書から引用のため1985年当時)
まずこれは自分の今後の研究に向けての助走的なものであるため、文体は「~だ・である」調で進めることとする。

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この本を紹介する経緯となった本書あとがきをまず紹介したい。

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糸と婦人
糸と織物は大昔から婦人が生きる世界であった。 外国でも同じだ。
研究を進めるにはどうしても婦人の力を借りなくてはならない。
この点は他の技術分野には見られない特徴である。
(…)
糸と織物の歴史については、文献がないわけではないが、ほとんどが美術史関係であり、技術史関係は容易に見出せない。
技術史研究という面では、他の分野に較べ著しく立ち遅れている。
この分野では実務の担い手がほとんど婦人であるに拘わらず、その婦人が長く家庭に閉じ込められていたからではなかろうか。
(…)
最近はモノから心への回帰も活発である。 自分で織り自分で染めるための勉強会が随所で開かれ、盛会を極めている。
参加する婦人たちはそれに生き甲斐を求めているのではないか。
そうとしか思えないほどの、熱の入れようである。
同じ機織ではあっても、昔家庭に閉じ込められていた時代のそれとは、労働の質が全く変わっている。
いまのところ、この婦人たちの眼は実技にのみ集中しているように見えるが、内面では歴史への関心もかきたてられているのではないか。
女性から見た歴史観は従来男中心に展開されていた社会に、新たな息吹を吹きこむのに役立つだろう。
本書がそのたたき台の一つになることを望みたい。

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すこし引用が長くなってしまったが、この最後の一文につなげるためには必要な言葉たちである。
私はこの一文を読み、今後の自分のテキスタイルの研究としてこの
「織物をする女性からの歴史観・技術史」をテーマにすることに決めた。
じつは私が育った街は戦争によって、かっては焼け野原となった地であり、戦後商業振興策として「七夕まつり」というものが毎年行われている地域である。
七夕といったら織姫と彦星、姫とはまさに呼んで字のごとく、織物をする女性であり、夏の大三角形のおりひめ星(ベガ)である。
そんなこんなで私の「織物」に対する思い入れが強いのも納得できる。

実際に私は2017年 市のシティプロモーション「平塚まちなか美術館」にて、「天の川」というタイトルで作品を展示している。
3年間の展示予定なので、今年の七夕祭りの際には、平塚駅地下バスロータリー内 まで足を運んでくれると嬉しい。

(2017年 落成式に参加中の作品とのツーショット。 まじめに撮った物がないのが本当に悔やまれる。)

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テキスタイルの歴史は博物館などでみる王族や貴族などの上級階級層たちが身にまとう着物や裂(きれ・茶道における名物裂など)の美術的な要素にばかり目が向いてしまうが、それを作ったのは名もなき工人である。
もっと生活に根付いた生地や衣服はあるのだろうが、繊維という素材上、現存するものは少ないのだ。
技術史とはその名もなき工人たちがどのように考え・手を動かしたかを記すものであるが、著者は本書まえがきにて資料相互間の脈絡がつかめず、挫折を余儀なくされたそうだ。

糸と織物の歴史は人類の歴史とともに古く、そのうえ技術の変遷が著しく緩慢である。数年の努力で資料ばかりは山と積もったが、これを収拾することができない。(本書:まえがきより引用)

そこで彼は興のおもむくまま脱線を繰り返す勉強法を
「風吹けば桶屋もうかる式」と呼び、時も地域も学問領域も一切の枠をとりはらい野放図に調べようと取り組んだのが本書、ということである。

彼はいったん挫折した糸・織物史の勉強を、視点を変えて再開できたのは、「産業考古学会に繊維部会が設けられた」事と「繊維博物館」のおかげだと述べている。私も今度勉強に足を運ぼうと思う。

本書本文に関してはやはり、繊維を学ぶとなると「女工哀史」のような悲しい歴史が尾を引いて感じられる。
その点に関しても本書ではかなりの紙幅を使ってまとめられている。
時代背景なども新聞記事などを介して考証されており、当時の様子を肌で感じることが出来ない世代でも想像することによって理解できるように書かれている。

また、彼は地球の南半球を「技術史を動態展示する博物館」と喩え、
南半球の生活水準に関して「南北問題」という20世紀の残した問題についても触れている。そして21世紀になった現在、「環境問題」を考えるにもとても重要な視点である。時代を超えて今まさに読むべきものではないかと思う。

参考に本書の目次を以下に記載する。


Ⅰ 糸と織物の技術史

1-なぜ歴史から脱落したか  洋服の原点千住の100年

・二冊の本に出会うまで
・千住製絨所と井上省三
・めぐりあった方たちのこと
付-羊毛史ガイド

2-シルクロードと綿 日本渡来は中国より先

・大根の種もこの道で
・なぜか綿種は伝わらず
・海上の道を伝播した
・日本渡来は中国より先
・白畳布とマンダラ
・高山病とチベット難民

3-泉大津の紡機で知る イギリス産業革命の内幕

・紡機ミュールとの出会い
・送り出しローラーの秘密
・ミュールという名のおこり
・特許制度とのかかわり
・クロンプトンの悲劇

4-綿くり作業と黒人哀歌 エリ・ホイットニーについて

・ホイットニーの綿くり器
・再出発した奴隷制度

5-南の国からみた佐吉 適合技術を展開した人

・問題のおこり
・原始機から自動織機まで
・特許発明29件
・佐吉評価と南北問題
・晩年の佐吉
・喜一郎の業績

6 -『女工哀史』を歩く そのあとで思うこと

・亀戸今昔
・『女工哀史』の時代
・丹後の和喜蔵
・無名戦士の墓
・女ひとり大地をゆく
・差別の二重苦
・あとで思うこと

7 -ハスと紅花のものがたり 技術の保存と再現のむずかしさ

8 -糸車の科学 綿の場合・麻の場合

・綿くり、綿うち、しの作り
・紡錘車と糸車
・麻を績む
・津軽こぎん-麻と綿の接点

Ⅱ 余話

9- 砂漠をいく

・羊群とパイプライン
・ハマ市の水車
・アラビア数字と西洋数字
・天正金鉱とイスラム文化
・死海の科学
・不可触民
・砂漠化の病理

10- 南北の谷間で思うこと

・階段型思考とつらら型思考
・植民地政策・その傷の深さ
・マジェランとラプラプと-二つの視点
・援助と民主主義
・外から見た日本
・武器取引の不条理
・宗教について
・メコンの魚と終末論

あとがき-糸と婦人

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本文に関してはいくら絶版であろうと安易な引用は避けたいと思っている。 なぜかというと、本書は発行から長い月日を得て時代の変化・人々の意識の変化など、現在に橋渡す資料をもって解説ができないからである。
そしてその勉強は私がこれから、じっくり時間をかけて研究したいと考えている。今回は特に私が心動かされた一文だけを紹介する。

「近代文化にどっぷりつかって流されている間に、私たちはいつの間にか心の中から、何か大切なものをたくさん無くしてきたような気がする。伝統技術はそれをよみがえらせてくれる。この点で伝統技術と近代技術とは全くの別ものと考えたい。伝統技術が発展して近代技術を生み出したとの考え方は、疑ってかかる必要がある。」
7 -ハスと紅花のものがたり 技術の保存と再現のむずかしさ より引用

なお、本書は古書でアマゾンなどで購入することができる。
当時の定価で1800円なので、それぞれにあった価格で購入することもまだ可能である。 さらに希少本となると価格がぐっと上がるので、まだ手ごろに入手できるものは手元に置いていたほうが無難である。
私もあまり保存状態の良くないものを一冊しかもっていないので、状態のよいものを近々購入する予定だ。

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今回はここまで
最後まで読んでくださりありがとうございます。


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