母たちの国へ07. 作家

オウム真理教事件以降、オウムは破壊的カルトや犯罪者集団と見なされて、宗教的側面がまともに取り上げられることはほとんどなかった。宗教者としての麻原教祖には優れた点があった、などと発言しようものなら、その人は社会的な制裁や猛烈なバッシングを受けた。宗教学者の中沢新一さんも、戦後日本を代表する思想家吉本隆明さんも例外ではなかった。

オウムにカメラを持ち込んで、出家者たちの姿をそのまんま撮影した森達也さんのドキュメンタリー『A』『A2』は、オウムから資金援助を受けて制作されたプロパガンダ映画ではないか、そんな根も葉もないことを言われていた。

「オウムの本当の姿を、だれか小説にしてくれないかなあ…」

物語でもなければオウムは表現できないのではないか、と考えていた私はそんなことを思っていた。

作家のTさんの存在は、林泰男死刑囚の支援者の一人として知った。死刑囚と面会したり文通したり交流することができるのは、身内を含めてわずか四、五人の限られた人たちだけだ。オウム事件で死刑が確定した人たちの支援者になったのは、親族以外ではオウム関係者が多かったから、まったくオウムと関係のない、しかも作家が支援者になっていると聞いて、

「きっとオウム事件を作品にしようと思っているんだろうな…」

そう思った。(作家とはそういう人種に違いない)

興味を抱いた私は、ベストセラーになったTさんの作品を読んでみた。物語の結末にはややとまどいを感じたが、作品自体はおもしろかったので、それをきっかけにエッセイなどを手に取るようになった。
メキシコに行ったときのことを書いたエッセイには、シャーマンの指導でマジック・マッシュルーム(幻覚作用のあるキノコ)によるトリップを体験したことが書かれていた。このときトイレに行ったTさんは、ものすごく汚れていたトイレが、なぜか神々しいまでに光輝いて見えるという不思議な体験をしたという。

「ああ、この人、意識の境界を超えたことがあるんだ…この感覚を知っているなら、もしかするとオウムのこと、描けるかもしれないなぁ…」

私はそう思った。
Tさんはエリザベス・キュブラー・ロスについての本も書いていた。

「へえー、ロスが好きなんだ…」

私も大学時代ロスが好きでよく読んでいたから、ますます興味を抱いてときどきTさんの公式ブログをのぞいていた。すると、三月十一日に「3.11東日本大震災慰霊祭」を行なうこと、そこでTさんが自作の「アングリマーラ」の朗読をするという告知があった。

ブッダの弟子アングリマーラは、多くの仏弟子のなかでも特異な経歴の持ち主である。彼は無差別大量殺人鬼だったのだ。

林泰男死刑囚は、地下鉄にサリンをまいた五人の実行犯のなかで最も多くの死者を出してしまったため、マスコミから「殺人マシーン」と呼ばれていた。その林さんの支援者になっている作家が、殺人鬼アングリマーラの物語を朗読するという。いったいどんな解釈でどんな物語になっているんだろう。これはぜひ聞いてみたい。そう思った私は、Tさんが企画した東日本大震災の慰霊祭に行ってみることにした。


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