母たちの国へ13. ギャップ

「お母さん、気が狂うんじゃないかと心配したんだぞ…」

父からそう言われたことがある。

オウム事件の報道が激しさを増すと、母はとうとう寝込んでしまったらしい。
最初、母方の本家のお嫁さんが、オウムについて書かれた週刊誌を抱えてすごい形相で家にやって来て、

「ほれ、これ、読んでみなさいよ!」

そう言って、雑誌を放り投げるようにして帰っていったそうだ。

それからほぼ三カ月、両親は地縁・血縁の濃い田舎町で世間の目を怖れ、家から一歩も出ることができなくなった。買い物や用事は同じ町に住む母の妹、私の叔母がしてくれていたのだが、その叔母のところにさえ「あんたのとことは、今後つき合いをやめる」と言ってきた人がいたという。

そのときまだ教団にいた私は、新聞もテレビもまともに見ていなかったし、一連の事件がオウムの犯罪だという実感がなかったから、両親や親族がどんな思いで田舎の町で暮らしているかなど、まったく思いが及ばなかった。

しかし、「事件のことを知らなかった」とはいえ、信徒はヴァジラヤーナ(金剛乗)の教えを聞いていたのではないか、救済のためなら殺人という悪業も肯定される教えに納得していたのではないか。なのに、なぜオウムが事件を起こしたと思わなかったのか? という疑問を持つ人がいるかもしれない。

たしかに、教団末期の94年には信徒向けの説法でもヴァジラヤーナの法則が説かれていた。
私はオウムの検証をするために麻原教祖の説法を最初から読み直していて、ちょうどこの頃の説法で、在家だった私の兄が質問している個所を見つけた。

ヴァジラヤーナについて解説する麻原教祖の説法が終わったあとの質疑応答で、兄は次のような意味の質問をしていた。

「『バガヴァッド・ギーター』の世界は、いわゆるヴァジラヤーナだと理解していいのですか?」

それに対して麻原教祖は「そのとおりです」と答えている。ヒンドゥー教の聖典『バガヴァッド・ギーター』は、戦場で親族を殺すことに苦悩する王子アルジュナに対して、クリシュナが「戦士としての義務を果たし、殺せ」と強く勧めるのだが、この対話のなかには解脱に対するさまざまな心構えと、それに至るための方法が織り込まれている。

このような質問をしている兄は、在家でありながらヴァジラヤーナを理解しているようにも見える。しかし、一方で兄は事件について「オウムは絶対にやっていないから」と両親や親戚に宣言して教団末期に出家した。つまり、ヴァジラヤーナの法則を聞いて知っていることと、それを現実に教団が実践していると思うことの間には、非常に大きなギャップがあったのだ。

それ以前に、オウム事件がヴァジラヤーナだったと仮定しても、地下鉄にサリンをまいて多くの罪のない人を無差別に殺すことの、いったいどこが救済なのか、私にはまったく理解することができなかった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?