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ジェイムズ・ジョイスのギター

昔もう30年以上前、友達にもらったジョイスの『ユリシーズ』(新潮社世界文学全集21)の扉にこんな写真がある。

ギターを弾くジョイス

このギターはどんなギターだろうか。ユリシーズは1922年に発表されている。昨年2022年はユリシーズ刊行100年ということで、多くのイベントがあり、日本でも何冊か本が出版されたりした。この写真はどうやら1915年、スイスのチューリッヒでの写真とのこと。ジョイスは1904年にアイルランドを離れてトリエステに移住、ベルリッツ語学学校の教師の職を得る。その後第一次世界大戦の戦火を逃れて1915年にチューリッヒに移っているのでその頃の写真ということになる。

しかし、このギターはどんなギターなのか。鉄弦ギターなのか、それともナイロン弦だろうか。とくにブリッジの形状がダリのひげのようで特徴的なので、それをヒントにして似た画像を探してみる。すると19世紀のフレンチギターにこういうブリッジが多いようだということがわかる。代表的なのがこのLamyというギターだ。万年筆のLamyとは何か関係があるのだろうか?

Jerome Thibouville-Lamy romantic guitar 〜1890

しかしヘッドの形状というか、糸巻きが違う。こちらの写真のギターは現在のクラシックギターと同じようないわゆる「スローテッドヘッド」だ。しかしジョイスのもっているのは、よく見えないが、いわゆる「木栓」ペグのようである。ヴァイオリンなどと同じようにテーパーのかかった木栓を穴に差し込んで、弦を巻きつけている。

もう少し探してみるとこちらのギターが近そうだ。

1840 Pierre Marcard Doubletop – France

初めて聞いたが「ダブル・トップ」とあるのは、ギターのボディの表板、トップが二枚あるということらしい。ボディの中に二枚目のトップ板があり、裏にもサウンドホールが空いている。そういえば、ジョイスの写真をよく見てみると、サウンドホールの中が浅いように見える。同じ「ダブル・トップ」かもしれない。どのような効果があるのかわからないが、実に面白い。なんと、動画がある。こんな音がするようだ。弦はガット弦のようだ。

□Early romantic guitar double-top Pierre Marcard 1830 Demo

少しギターの歴史を調べてみると、スペイン発祥のギターは最初4弦や5弦だったものが17世紀後半に6弦となり、今の調律が使われるようになる。イタリアやフランスでも単音の6弦ギターが使われたそうだ。そして19世紀後半にスペインのアントニオ・デ・トーレスが制作したギターが現在のクラシックギター、フラメンコギターの原型となったとのことだが、おそらくこのジョイスが弾いているフレンチスタイルのギターはその狭間にヨーロッパで使われていたギターなのだろう。もしかしたらこれがアメリカに渡って、鉄弦が貼られてマーチンなどのギターの原型になったのかもしれない。(誰か知ってたら教えてください。)

ジョイスは母方が音楽家の家系で、本人もテナー歌手として小銭を稼いだことがあるという。どのような歌を歌っていたのかはわからないが「フィネガンズ・ウェイク」を書くくらいだからアイルランド民謡もたくさん歌ったのだろう。

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