『落下の解呪』感想
メッシ君(犬)目当てに鑑賞。
(シアターキノ、久々に行くとやっぱ良い)
アカデミー賞受賞作がこんなに同時公開されているのも珍しい。
どこか落ち着かない様子で学生のインタビューを受けるサンドラ。
突如、爆音で流れ始めるヒップホップ曲。
愛犬スヌープの散歩から戻ったダニエルが、父サミュエルの死体を発見する。
そんな導入。
以下、ネタバレを含みます。
この映画はミステリーではなく、スリラーのジャンルだ。
ミステリーを期待して観始めると内容を掴みきるまで退屈する間があるのだが、
脚本とキャストの演技力で動線を引いていく。
事故か、自殺か、他殺か。
最後の最後まで観客に悟らせてくれない。
実際にサンドラが夫を殺したか否かに関わらず、
裁判は有罪の形に切り取るようにして夫婦の秘密を暴いていく。
サンドラは小説家として日常を材料にするタイプで、社会的には成功している。
しかし私生活は不安定で、
ロンドンで夫と結婚したものの経済的理由で夫の故郷フランスの山奥へ移り、
孤立した環境で周囲に馴染めないままフランス語にも苦戦している。
更にバイセクシャルで奔放なところがあり、
家事にも積極的とは言えず、息子に対して甲斐甲斐しい訳でもない。
そんな夫婦間の軋轢を、検事や証人たちが好き勝手に抉り出す。
週刊誌やテレビ、SNS、世間話も似たようなものだ。
当事者しかわからない他人のゴシップを、
「こうだったら面白い」という邪悪な好奇心に駆り立てられるまま
一部だけ切り取られた事実から繋ぎ合わせてドラマを仕立てる。
分類して優劣をつける行為をほとんど無意識にしてしまうのは、
安心したいからだろうか。
現場検証によって揺らぐダニエルの証言の不確実性、
法廷で突如バイセクシャルだという明かされたことで
冒頭のインタビューシーンに違う意味を想起させたり、
電話だけで明かされる真偽が定かでないサミュエルの自サツ未遂、
夫の死後だというのに初恋だったと告白する弁護士ヴァンサンと酒を飲み談笑、
挙句死亡前夜の激しい喧嘩の録音が公開される等、
後出しで次々と疑念が追加されるうち、
「もしかするとサンドラはやばい女なのでは?」
という疑心暗鬼に、11歳のダニエルと一緒に落ちていくことになる。
夫婦喧嘩から明らかだったように、
サンドラは理性的で言語化能力に長けるが共感力が低いところがあり、
サミュエルは発想力があるが理想が高く衝動的で、ある日ストレスが爆発するタイプ。
映画はあくまでサンドラ目線だったために決着したように見えるが、
夫目線の復讐映画として描いてもかなり面白いと思う。
映画の中で自殺・他殺・事故は名言されていないのだが、
状況から結論付けるなら【事故】になり、サンドラの過失はない。
しかしサンドラに夫を自殺(未遂)に追い込む要因があったことは確かであり、
遺書こそないがサミュエルは録音ボタンを押して喧嘩を始めているあたり、
いずれ自分の作品や裁判等でサンドラの地位の失墜を目論んでいたようにも思う。
夫と息子のために母国ドイツを離れて過ごすサンドラの孤独や苦しみと、
自己嫌悪から甲斐甲斐しく息子に世話を焼く傍ら
自分より才能を発揮する妻への劣等感で溺れそうなサミュエルの苦しみは
それこそドラマチックな事件がない限りわかりあえるはずもない。
喧嘩の翌日、つまり時間の朝、大音量の音楽と耳栓+ワインで昼寝、
互いに歩み寄ることを諦めた図式が説明されているわけである。
ダニエルのピアノの上達で表す時間経過、
安堵や喜びからヴァンサンとキスしかける葛藤の間、
飼い犬が寄り添うことで観客に〈無実〉を確信させるラスト、
流石フランス映画、オシャレだ……と感嘆させられるシーンがいくつもある。
中でも雪山や書斎を背景に煙草を吸うシーンが殊更絵になる。
意図的なのかはわからないが、そこで息をつくことができた。
最後にお目当てのスヌープこと俳優犬メッシ君。
青い目や長いマズルからして知性を感じさせるイケ犬。
ボーダーコリーは特に賢いというけど本当に〈演技〉していた。
調教師のローズさんの動画から、
あのぐったりする演技は本当に上半身を完全に脱力しているのがわかる。
(後ろ足はちょこちょこ動いちゃうみたいで
本編でも映らないようになっていた……かわいい)
「スヌープ」の名前の由来は見た目がスヌーピーっぽいからかな?
とか勝手に思っていたのだけど、
劇中爆音で流れた「p.i.m.p」のフィーチャリングアーティストの
スヌープドッグから取られているっぽい。
となると、英語だけど名付け親は父親かな。
pimpはポン引き、つまりハズビンのヴァレンティノみたいな人のことだけど、
スラングとしてはイカしたやつとか成功するみたいな意味もあるらしく、
「いつか俺の方が大物になって、お前に使われた以上に使ってやるから覚悟しとけ」
ってところだろうか。わかりづらいし性格悪いわ。