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私のクラスメイト(小学校)㉓

続いて、出席番号4番の女子について書いていく。3番が誰だったのかは、今になっても思い出せない。ただ、紙にクラス全員の名前を書いてみると、数が合うので、やはり何か勘違いしているのかと思う。

4番だった彼女は、普通のどこにでもいるような子だったと思う。体型は細い方で、体育などではそれなりに得意だったようだ。髪の毛は首くらいまでで、少し長いくらいで、声は高めのイメージがあった。

国語の時間の教科書の音読では、私もそうだったが、声が小さくなる傾向にあり、よく注意されていたのを覚えている。

また小学校の頃の女子というか、彼女はとても素直なイメージが濃い。というのは、周囲や相手の気持ちを分かろうとする気持ちが強くあり、人一倍、思いやりの心において長けていたようなイメージである。たとえば、故意ではないにしても、何かをしてしまった時、彼女はすぐに謝り、故意ではなかった(わざとじゃない)という事をよく口にしていたのを思い出す。

それは誰に対しても同じで、私に対してもそうだった。私は場面緘黙だったこともあり、友達からの謝罪の言葉に対して、なんと答えたらいいかを分からずにいた。普通なら「いいよ」とか「大丈夫だよ」「気にしてないよ」というような事なのだが、気にしていないという気持ちはあっても、何と言えばいいか分からないという自分が当時はいて、私は友達に「ごめんね」と言われると、とても困惑してしまうのだった。

そんな時、彼女は「ごめんね」の後に「許してくれる?」とよく訊いてくるのだった。彼女はとても真面目というかまっすぐな心の持ち主で、表情から見ても本気で、謝ろうとしているのが伝わってくるのだった。

私もそれを見ては、いたたまれない気持ちになってしまい、その中で「許してくれる?」という問いに「許してあげる」という答えも、当時の私にとっては、相手を下に見ているというか、そう言った理由で言えずにいたのを覚えていて、私は、彼女のその問いに対して、今思うと文法的に変だが、彼女のその語尾上がりの疑問形のその言葉をオウム返しに、しかもこう言うのは変だと当時も思っていたのだろう。自信なさげに小さな声で「許してくれる」という言葉を囁くのだった。そんな返答をする私に彼女は、私にひとつ教えてくれたのだった。「そういう時は『ゆるす』って言うんだよ」と。彼女にそう言われて、彼女は納得して、ありがとうと言うのだった。その点において、彼女は周りの感情などにとても敏感で、当時はみんな一様にいろいろな理由で泣いていたが、彼女もよく泣いていたイメージがある。

また、彼女は私によくこう言ってきていたのも覚えている。「〇〇ちゃん(私の名前)が喋れば、みんな嬉しいし、今よりももっと楽しくなるから、たくさん喋ろうよ」こんな風に言ってくる女子は他にもいたが、それは別の機会にまた書くことにしたいと思う。そう言われても、私自身、なぜ学校に行くと急に声が出せなくなってしまうのか、自分でも分からなかったので、どうしようもなかったのだが、少なくとも、そんな風に言われて私は、クラスから受け入れてもらえているという事を感じ、自分はここに居ていいんだという安心感のようなものを感じていたのは覚えている。

中学に上がると別々のクラスになり、交流は一気なくなった。彼女自身も積極的か消極的かで言えば、消極的な方だったというのもあると思う。その後の中学卒業から就職などを経て、結婚出産を経験するのだが、私がそれを知ることができたのは、2013年頃、Facebookを盛んにやるようになっていた時期である。当時は、みんな一様に近況などの更新を頻繁にしていて、私も同様にいろいろと載せていて、それに対して、彼女は頻繁にいいねや、コメントなどをしてきたのだった。

だがFacebookが盛んだったのも、2016年くらいまでで、2021年になった今は、私自身、ほぼ開いていないし、決まった数人しか更新しないようなとてもつまらないものになってしまった。

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