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連載小説 青年よ念仏を唱えよ  第1話 彷徨って埼玉


埼玉のハイウェイ

涼しげな風に

肥やしの香りほのかに漂い

向こうに見ゆるは提灯の灯り

私の頭は重く目眩がする

休息が必要だ

ここは東北自動車道
深夜のハイウェイ
BGMはイーグルスのホテルカリフォルニア
右ポケットにはワルサーP38
でもそれはパチンコ屋で取ったおもちゃの景品
左ポケットには丸山健二の小説
でもいつも読むのは少年ジャンプ
ケンシロウよりもラオウが好きで
きょうも故郷探している

俺の名はスティーブ。
いつもスティーブと名乗っているものの誰もそうは呼んでくれない。
俺はスティーブ マックィーンという銀幕の中にいる男優をウェアリングしているだけなのは自覚している。あくまでそれは自分の理想でありどうしても短足でずんぐりむっくりの自分とあの銀幕の中を動き回る男優とは似ても似つかない。
 そのためか酒の席で気心の知れた友人たちからは、、お前スティーブ マッコイなんだろ!
いやスティーブは面倒くさい!スティーブは取っちまえよ、マッコイがぴったりだ。

なあマッコイ(笑)

そういう訳でそれからはマッコリならぬマッコイと呼ばれている。
だから俺はスティーブではないのだ。
マッコイなのだ。
そしてもちろん日本人だ。

でも俺は別にそんなことは気にしていない。

 あれは狂乱のバブルも終わってしばらくした頃だったと記憶している。

私は出張先から愛車を飛ばし深夜の東北自動車道を都内に戻ろうとしていた。都心のマンション一人暮らしにも随分慣れたものだ。
帰りが遅くなっても文句を言う人は誰もいない。
何時に帰っても気を使わずにいられるという気楽さは孤独であることと引き換えに手に入れた贅沢だ。

相方とも別居してからというもの8年余りが過ぎていた。
いまだにこのマッコイは電子機器メーカーのサラリーマンを続けている。
ネクタイとスーツ、名刺という誰から見てもわかるように繕った出で立ち
こりゃまさにコスプレだ。
コスプレという表現以外に何と言えばいいのだろう。

 東北自動車道はすでに岩槻あたりだろうか?
時が過ぎて行くにしたがって
なぜか現実感が薄れていくように思えた。
「何か調子が変だな!今までの疲れがここに来て出ているのだろうか?」
頭がますます重くなり口の中も乾いて来ていた。
カバンの中から飲みものを取り出そうと探ったがカバンの中にあったジンジャーエールのペットボトルは空だった。
喉の渇きとともに支えようのない疲労と虚無感が彼を襲った。
「もうハンドルを支えるだけで精一杯だ。
都内には戻れそうもないのでとりあえず高速を降りよう。
安息の地があるはずだ」
岩槻IC出口200m先の看板が見えたので急いでハンドルを左に切り東北自動車道から下道へ国道16号線へと下って行った。

 どこまでも続く田園地帯と活気のない街並み
「やけに暗いな、、風景が違うぞ?
これは国道16号じゃない、、まるで荒野のようだ!
やはり疲れがひどいようだな、、きっと間違えて旧道にでも入ってしまったのだろう」

 10数年前の話しだが、カリフォルニアに住んでいる友人宅訪問も兼ねて妻と一緒に旅をしたことがあった。レンタカーを借りカリフォルニアのハイウェイをロスアンジェルスからサンディエゴまで走り続けた。
夜のハイウェイから見える風景はどこまで行っても砂漠ばかりで真っ暗だった。
それは砂漠といっても絵に描いたような美しい砂の砂漠ではなく赤茶けて雑然とした石ころだらけの荒野と言ったほうがいい。
この荒野にはかってはならず者(デスペラード)たちが闊歩し支配していた土地なのだろうと勝手に想像できるようなところだった。
しかしここはあくまで埼玉であってカリフォルニアではない。
埼玉県のどこかなのは確かだ。
おそらく私の頭の中でカリフォルニアと埼玉とがオーバーラップしていたのだろう。
だんだんと現実が遠いものに思えてどこか見知らぬ土地に来てしまったような感覚を覚えていた。
 サウナかスーパー銭湯、、あるいはちょっとした喫茶店やカフェでもあればそれでいいと車窓から流れ行く風景を眺めていた。しばらく暗闇が続いていたが突然田舎によくあるような街並みが現れた。
しかし通り沿いに見えるのは、、「やじろべえ?、、山田うどん130円!、、、そしてハトのマークは草加せんべい、、なにっ!カッパ黄桜も」
「何なんだ!やじろべえや鳩や河童の看板ばかりじゃないか!」
そして先に進むにつれて街の灯も看板もなくなって行って、いつの間にかほとんど明かりのない暗い田舎の田園風景に変わって行った。
通りの両サイドに広がる視界は田畑というよりは暗黒の大海原かジャングルなのではないかという錯覚にとらわれてしまう。

「一体ここはどこなんだろう、、」

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