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バックサイド・オブザワールド

 昨日もバイト、今日もバイトで最高に疲れ果ててる。トイレで見たインスタのストーリーに、金持ちの男に乗り換えて幸せそうなあの子が高級ホテルではしゃいでる姿が写ってる。心が綺麗なわたしは最低賃金でバイト、飲食のくせにまかないがないから死ぬほどお腹が減る。深夜だけど耐えられないから今日も何か買って帰るんだろうな。
 バイトが終わるのは11時だけど、電車を乗り継いで家に帰るのは12時過ぎ。コンビニに寄ってレジ横にある揚げ物と焼きそばパンを買って帰る。食べた後絶対後悔する、ニキビもできるし顔もむくむし絶対太る、わかってるけど買っちゃうんだよな。あの子は今頃彼氏とホテルでいちゃついてるの?こんなこと思いたくないけど、500円の高カロリーでお腹を満たしてるわたしがどうしてもみじめ。
 家に帰って手を洗って靴下を剥いでジーンズも脱いで、家着のショートパンツに履き替えたら焼きそばパンを頬張る。美味しいかどうかなんて割とどうでもよくて、ただ味が濃くて胃が膨らんでくれるならしょーみなんでもいい。お腹が満たされて、お化粧も落とさずお風呂にも入らず、気がついたらそのまま床で寝落ちしていた。
 頬を撫でる涼しい風で目が覚める。そういえば家に帰ってきた時、暑くて部屋の窓を開けていたんだっけ。目を開けると閉めたはずのカーテンは風で開け放たれて、窓の外には見たこともないような美しい星空が広がっていた。わたしの部屋は星が瞬く夜空の中に浮かんでいる。アパートから切り離されて、わたしの小さな部屋だけがぼんやりした闇の中を漂っていた。わたしは窓のほうに近寄る。遠い彼方には星雲が見える。わたしの部屋とわたしは、呼吸するようにゆっくりと眩い恒星の周りを回っていた。
 「この世界だって、悪くはないでしょ」
 声が聞こえた方を見ると、隣に変な格好をした男が立っていた。今日の8時にバイト先にやってきた客だ。なんだか奇妙だったから覚えていたんだ。ファストフード店なのに妙な正装をして、帽子までかぶっていた。
「あなたがどれだけ惨めでも‥周りと比べてしまっても‥こういう素晴らしい綺麗な世界が、人間の知らないところの彼方宇宙にいつでもちゃんとあるのだと知ったら、少し楽になりませんか」
「確かに、少しはましかもしれない」
わたしはベランダに出て呟いた。手すりに体を預ければ、心地よい風が前髪を揺らす。手を伸ばせば届きそうなほど近くで星が瞬く。
「今回はそういう旅です。元気がないようでしたので」
変な男はにっこり笑った。手に持っていたステッキを振ると、だんだん透明になって姿を消してしまった。わたしは男が置いていったピーチネクターの缶を開けて口をつけた。
 明日からはもう少し、綺麗な世界かもしれない。

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