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似て非なり!「ゲーム依存症」と「危ないゲームの遊び方」

ゲーム依存症(以下、正式名称である『ゲーム行動症』と記載)に関心を抱いている方にとってリファレンスの1つとなっているICD-11(疾病及び関連保健問題の国際統計分類  第11版)が、2022年2月に更新された。
更新後のICD-11におけるゲーム行動症では、更新前と比べると「除外項目」が追加されたことが大きな変更点の1つになっている。
その除外項目とは、以下の3つだ。

  • 双極性障害 I型

  • 双極性障害 II型

  • 危ないゲームの遊び方 (Hazardous gaming、正式日本語訳はまだない)

注目すべきは「危ないゲームの遊び方」だ。なぜ注目する必要があるのか。それは、この事象について、WHO(世界保健機関)が「危ないゲームの遊び方は、ゲーム行動症とは違うのだよ、ゲーム行動症とは」と公式に宣言したことにあるからだ。
ゲーム行動症に関心を抱いているなら、これには必ず注目しなければならない。なぜ「必ず」注目しなければならないのか、それをこれから説明する。

[ おことわり ]
以下より記載することは、個人の範囲で調べたことに基づいたものです。この関係で、図や説明は実際の状態と比べて相当に簡略化されたものとなっています。ただし、可能な限り、信頼性のあるエビデンスを参照して記載しました。
また、本稿における「コンピューター」とは、「ビデオゲームがプレイできる個人市場向けICT機器」を指します。

ゲーム行動症は「限定的な事象」になった

まずは、下のスライドで、ゲーム行動症と危ないゲームの遊び方が掲載されたICD-11のWebページ(一部抜粋)を見てみよう。

[ 補足:ICDは「病気のデータベース」ではない ]
下のスライドにあるとおり、危ないゲームの遊び方の収載先は「健康面で問題となりうる事象」であり、疾病(病気)ではない。このように、ICDには、病気とは言えないが健康面で問題と推測される事象も多く収載されている。
つまり、ICDは「病気のデータベース」ではない。
報道では「ICDは病気を分類したデータベース」と紹介しているものが多いが、前述の事由により、それは誤りだ。

そこからは、以下のことがわかる。

  • ゲーム行動症と危ないゲームの遊び方は、完全に別の事象である

  • ゲーム行動症と危ないゲームの遊び方は、相互に排他関係にある

要は、二者を混ぜて捉えてはならない。それが、冒頭で書いた「注目しなければならない理由」だ。以下にその二者の違いを図示したので、もう少し詳しく見ていきたい。

上のスライド1枚目において肌色で囲った箇所は、ゲーム行動症と医師が診断を下す際に満たさなければならない条件を示している。そこからは、ゲーム行動症と医師が診断を下すには、数段階に及ぶ条件をすべて満たさなければならないことが把握できるだろう。
特に、期間の条件の厳しさが目立つ。引きこもりのそれが最低6か月以上であることを鑑みると、「最低12か月以上(重篤度が高くない限り短縮できない)」の条件が明記されたゲーム行動症のそれのハードルの高さが想像いただけると思う。
例えば、以下の記事における「5.6%の児童」は、ゲーム行動症疑いがあると書いているが、実はそうではない。記事をよく読めば、ゲーム行動症の診断要件と絡めた調査結果の説明において、上のスライドにおける「診断要件➌、➍の調査内容」が抜けていることがわかるからだ。文同士の接合関係からそう言える(調査の内容とゲーム行動症の診断要件とを切り離して書いている)。一方、「重大な問題~」に関しても、ICD-11に則した記載「ゲームのプレイが原因で、社会生活の遂行に際して“著しい障害もしくは苦痛を伴っている”」ではない(=『重大な問題』の内容がどうとでも取れてしまう。例えば、ゲームを遊びすぎて親に凄まじく𠮟られた挙句コンピューターを没収されたことが『重大な問題』かもしれない)ゆえに、そう言える。

88.2%から回答があり、「ゲーム時間をコントロールできない」「生活の中でゲームを優先してしまう」「ゲームのせいで重大な問題を起こしているが、ゲームをやめられない」の3項目すべてに「はい」と答えた児童は5.6%に上った。この3項目すべてに「はい」と回答し、こうした症状が1年以上継続することが国際疾病分類でのゲーム障害の診断基準となっている。

毎日新聞 2022年10月10日「児童の5%『ゲーム障害』で生活に問題 家庭内で必要なものは」より

それに加えて、巷で言われる「ネット/スマホ/ゲーム 依存症になったときに起こりうる問題事象」の大半が「危ないゲームの遊び方」に属していたこともわかる。その「危ないゲームの遊び方」に属する病的な事象や行動現象は、上のスライドにおいて薄緑色で囲った箇所に当てはまる。

換言すれば、医師には慎重な判断が求められる。ゲーム行動症よりも危ないゲームの遊び方に起因する問題事象のほうが多く、かつ、わかりやすいからだ。下図のように、ゲーム行動症関連の特集や取材でメディアに登場した専門医とて例外ではない。

引きこもりになった人にとってのICTサービスの存在についてだが、それが当事者の心理的な最終橋頭保となる可能性はある。しかし、それは引きこもりを起こす要素ではない。引きこもりに関する因子をつないで樹形図化した下図でも、それは根の部分にあたる箇所にないうえ、外部からの要素として関係を持つ扱いになっているからだ。私が業務で訪れた医療機関の医師も話していたが、引きこもりになった人全員がビデオゲームやWebサービスに長時間入り浸るとは限らない
勿論、「ビデオゲームやWebサービスに長時間入り浸るとゲーム行動症になる」などとは、本稿公開時点では誰も断言できない。

「危ないゲームの遊び方」への対策には何があるのか

危ないゲームの遊び方への効果的な対策はすでにある
下図に簡単にまとめたが、それは、下図に示すように、ICT業界が過去から行っている啓発内容そのものなのだ。

健康的にコンピューターと付き合うために学ぶべき事柄を示す図ともいえる?

具体的には、以下の事柄が挙げられる。

  • 親子間でじっくりと話し合った結果、納得し、かつ、守ることが、相互に約束できるコンピューターの運用ルールつくり

  • コンピューターに導入されているペアレンタルコントロール機能の適切な設定と運用

  • ヘルシーコンピューティング(情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン)の履行

「危ないゲームの遊び方」が重篤化すると発生が予想される事象の中には、医学的な事象が含まれる。経験されている方も多いと思うが、以下の条件の1つ以上を満たすコンピューターの使い方が常態化すると、高確率で、医学的な面における問題事象が使用者に発生する。

  • 連続使用時間が異様に長い

  • 使用する環境が悪い(椅子や机の高さの設定が不適切、など)

  • 使用する時の姿勢が悪い(画面と目との距離が近すぎる、など)

特に、コンピューターの使用時間が深夜時間帯に食い込む事象が常態化すると、高確率で生活習慣が乱れる。生活習慣が乱れると、身体面における健康に悪影響が現れ始める。運用ルールつくりとペアレンタルコントロール機能における使用時間帯の設定の本体目的は、ゲーム行動症の予防ではなく、生活習慣の乱れを抑える=Hazardous gamingの抑止にある。

アプリ内課金に関する問題事象は、厳密にいえば、ゲーム行動症、危ないゲームの遊び方のいずれにも属さない。ただし、当事者のゲーム関連行動がアプリ内課金のようなギャンブル色が強いものを主軸に置いている場合は、ゲーム行動症ではなく、ギャンブル障害疑いで診断したほうが適切な事例もある。
当該事象が起こる原因は、(当人の自己制御力の不足を除けば)コンピューターをお子様に貸与する「前」に、お子様としっかり話し合い、親子双方で納得できる運用ルールつくりを怠ったことにある
「原因」を理解していない、あるいは、ゲームにお金を投入することは悪い旨の偏見を持っていると、以下の記事のように「アプリ内課金に関する問題事象は、ゲーム行動症に属する」の誤認を起こす。

一方、ビデオゲームのプレイ時間の区切り方については、ヘルシーコンピューティング(コンピューターを使った健康的なワークスタイル)の履行で対策が可能だ。
厚生労働省が公開しているヘルシーコンピューティングガイド『情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン』には、コンピューターの使い方や使用場所の環境の整え方など、健康を損ねる度合いを緩和させつつコンピューターと付き合うためのノウハウが詰まっている。視力低下や運動不足、腱鞘炎などは、同ガイドラインの記載事項を守っていないことに起因する「危ないゲームの遊び方」だ。ゆえに、これらの事象を「ゲーム行動症に属する問題事象」と論うことは誤りだ。
それを示すかのように、同ガイドラインには、依存症に類する単語は存在しない

そこからは、ビデオゲームサービスの提供事業者やスマートフォンのキャリア、PC(周辺機器)メーカーによる「危ないゲームの遊び方を抑止するための施策」が、ヘルシーコンピューティングの啓発とペアレンタルコントロール機能の設定の支援に集中していることがわかる。
結果、ICTインストラクション業務やユーザーサポート業務に就かれている方には、使用方法を教える業務に組み込む形で、ユーザーが健康的にコンピューターを使うガイド役としての責務が増してくるかもしれない。ただ、それらの仕事が従来の業務の延長線上にある点は幸いだろう。

もう、誰も、軽々しく「ゲーム依存」なる言葉は使えない

ICD-11の更新で新たに定義された「危ないゲームの遊び方」によって、「ゲーム行動症」という言葉を軽々しく使うことは誰もできなくなった。いうなれば、ゲーム行動症と危ないゲームの遊び方とを混在させたり取り違えたりさせた報道や投稿は、デマの拡散とほぼ同義になったのだ。

さて、ビデオゲームは、メディアの1つだ。写真と同じく、ビデオゲームが他者との会話の触媒になるうえ、ビデオゲームが構築する空間が他者とのコミュニケーションを仲介する役目を持っているからだ。
メディアゆえに、マクルーハンがいうロジックに基づけば、ビデオゲームも、使用者の身体と精神の感覚を拡張する触媒以上の役割はない
触媒自体は反応を通してもその性質は変わらないので、触媒を変更できない場合で、触媒を介した反応で得られるモノが望ましくないものに変わるのならば、触媒を通す前のモノについて検証が必要になる。これは、触媒を通すモノ=当事者、に問題となる要素があるかどうかを調べなければならないことを意味する。

特に、ゲーム行動症に苛まれる当事者に対しては、通常なら自力で押せるはずの「ビデオゲームのプレイを止めるための精神的キルスイッチ」を自力で押せなくなった状況が、なぜ異様に長期化しているのか…その心理的な背景を、支援者や医師は、丁寧、かつ、慎重に探らないといけない。それが、ゲーム行動症の寛解を真に志向する医師や支援者が行う本来の仕事のはずだ。

なお、支援者には、保護者(親)が含まれることを忘れてはならない。通常、未成年者にとって、最も近しく、かつ、最も頼れる支援者とは、保護者だからだ。

いつの時代でも、子どもにとっての最大の味方は、保護者

知識をアップデートしてより良い仕事をしよう

冒頭で紹介した「ゲーム行動症の定義の更新」は、関係者が仕事に臨む姿勢を仕切りなおす好機と考えたい。医師、支援者、ICT技術者、報道記者、学校教諭が、それぞれの立場でそれぞれの仕事を全うすることで、未成年者が健康的に楽しく安全にコンピューターと付き合える環境づくりをさらに進めるために。
職業柄、私もその仕事を行う1人に含まれる。「隗より始めよ」の故事にのっとり、改めて心を引き締め業務に臨む所存だ。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本稿のチャート図に誤りを見つけた場合など、ご意見やご感想は、コメントもしくは著者 (Twitter:@Attihelo37392M)までいただけると幸いです。

参考資料

  • Psychiatry and Clinical Neurosciences Volume73, Issue 8 (August 2019)『Hikikomori : Multidimensional understanding, assessment, and future international perspectives』 Takahiro A. Kato MD, PhD, Shigenobu Kanba MD, PhD, Alan R. Teo MD, MS

  • World Health Organization『ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics #6C51 "Gaming Disoder"』

  • World Health Organization『ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics #QE22 "Hazardous gaming"』

  • 吉川 徹『ゲーム・ネットの世界から離れられない子どもたち』(合同出版)

  • 竹内 和雄/ソーシャルメディア研究会『イラスト版 10分で身につくネット・スマホの使い方』(合同出版)

  • 山崎 総一郎『ネットが最強のパートナーになる デジタルネイティブのためのネット・スマホ攻略術』(講談社)

  • 内閣サイバーセキュリティーセンター『インターネットの安全・安心ハンドブック (個人向け版) ver.4.20』

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