Rapha Prestige Onomichi #8

会議は踊る、されど進まず。あいかわらず何も決めない栗林の立ち回りで未だチームキットすら決められないチャットルームで、にわかに森本は動き出した。
「中国でジャージつくろうと思うんやけどな、栗林、自分の猫の絵描いてや」
既に1ヶ月を切っているタイミングでまさかオリジナルジャージをつくるという選択肢が出てくるとは誰も思っていなかったが、森本は既に裏を取っていてRapha Prestige Onomichiに参加する5人のジャージをオーダできるラインを確保していた。5着のオーダーが可能で、デザインを入稿してから2週間で手元に届くという。しかも信じられない安価だ。やはり森本の夏のあの横顔は腹に一物を持っていたということだ。Raphaのイベントでも重要な位置にあるRapha PrestigeにAliExpressで作ったジャージで参加する。これはローンチが1年近く遅れているRaphaのオリジナルジャージ作成システムであるRapha Customへの彼なりのコミュニケだった。栗林が描いた猫はまるで幼稚園児のそれで、とにかく酷かったのだが、それすら森本の表現において重要な要素となった。その猫の絵を胸の真ん中に大きく配置するデザインはジャージの制作を担当する中国人ビジネスマンの理解を遥かに超えており、
「Do you need this animal ?」
という担当者の率直な問いに対し森本は、
「Yes,That’s the piont. I know he looks so bad.」
と返信した。そうなのだ。彼はアイロニーが存分に含まれていて、しっかりとダサいジャージを作ろうとしていた。それをチームキットとして選択して僕たちがSNSに発信したときにどんな反応があるかを計測しようとしていた。それはかつてフランスの美術家がその手法により世に美術を問うたように、サイクリングジャージにおいてクールであるということはどういうことか、またはその価値基準への無関心の観念に迫る行為だった。この一手で満場一致で議案は採決される。ふとその時、気づいてしまった。僕たちにはチーム名がなったということに。ともすれば良くある光景かもしれない。学生の時にバンドを組もうとしてメンバーを集めたが名前がなかなか決まらなかったこと。引き取った猫に名前をなかなか付けれなかったこと。それはフットサルのチームだったかもしれないし、SNSのグループ名称だったかもしれない。いつだってその行為が重要で名前なんていつも後回しだった。チーム名も、ハッシュタグも、誰かが僕を呼ぶ名前だって、ぜんぶ。

>> Rapha Prestige Onomichi #9

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?